柏崎、刈羽で一緒に働いていた友人が先日までF1にいたのですが、
4号炉使用済み核燃プールはコンクリに亀裂が入れば終わりだと言っていました。
もうかなりのクラックはあるそうです。
プールの内側の防水壁が瓦礫などにより傷ついている可能性もあるとのことです。
多小の漏れはいつ漏れてもおかしくない状況と言っていました。
あと補強に関しても多々問題があります。
これはあくまでコンクリートでやったとは言え補強です。
しかも構造物そのものを支えているわけではありません。
福島第一原発4号機は着工が1972年9月で営業運転開始日が1978年10月です。
おおよそ、6年間の施工期間です。普通の鉄筋コンクリートの建築物は基礎工事を
かなり重視します。原発ですから当然これも十分に考えた上での設計だった思います。
しかし、設計どおりに施工するとは考えられません。
その一つにこの当時のコンクリート打設という工事を考えてみても分かるのです。
建物のコンクリートというのは、その施工次第でコンクリートの持つ強度が変わってきます。
今はかなり厳しい基準と品質が求められるようになってきて、耐震構造も他国に比べれば
高い水準に達していると考えられますが、この当時のコンクリートの品質はどのようなもので
あったのか・・・!
コンクリート打設そのものが現在と比べれば打設時に使用する工具、機械の類も貧弱で
工事に要する時間も長く過酷な作業であったことは言うまでもないのです
いわゆる3Kと呼ばれる労働の見本のようなもので、この作業を担うのは土工さんと呼ばれる
人たちが行うのです。
下に日本で始めて1960年に着工、1964年に運用が開始された東海原発の
施工当時のコンクリート打設の模様を画像に出してみたのでご覧下さい。
これはホッパー打ちと呼ばれるコンクリート打設工法です。
現在ではあまり行わない工法で、それは何故かというと、労力もさることながら、
打設時間が長くかかってしまうのです。
(建設当時の東海原発)

(ホッパー)

上の大きなバケツのような口から生コンクリートをコンクリートミキサー車から入れます。
これをクレーンなどで吊り上げ打設位置まで移動します。

ホッパーの真ん中くらいのところにハンドルあるいはレバーのようなものが
付いていて、それをロックを外し上下させることにより下の口が開き生コンクリートが
目的の打設位置に落ちます。
生コンクリートが目的の型枠内に入ったら締め固めという作業を行ないます。
コンクリート打設で最も重要な作業です。これを行うことによりコンクリートが
緊密に充填され強度が高まります。これを行わないと大変なことになります。

この当時はみて分かるように丸筋という鉄筋が使われています。今はこのような
鉄筋は使いません。ちなみに僕も良くこの丸筋は見たことがあります。
そう言えば5年くらい前、自民党本部の耐震補強工事に行った時、やはり既存に使われていたのは、この鉄筋でした。
そこの施工もやはり鹿島だったと記憶しています。
さて、下の画像の作業員さんに注目して下さい・・・。
ヘルメットに大崎と書いてありますね・・・。
僕も知っています。大手の下請け業者さんです。

打設そのものは当時も今もあまり変わらないのですが、時間がかかればかかるほど
コンクリートの品質も強度も下がることを覚えていて下さい。
当時のコンクリート打設というのは上にも記載したとおり時間的なロスもさることながら
大変な労力を使います。現在ではホッパー打ちのコンクリート打ちはあまり見かけません。
今はコンクリート圧送と呼ばれるポンプ車で生コンクリートを目的の位置までホースで送り
流し込みます。
生コンクリートというのはご存知のとおり乾けば固まります。ですから作業に時間を
かけられないのです。また、このことが原因で作業に支障をきたすことが多いのです。
ですから、これを解消するために水を入れるのです。・・・・が・・・
これを行うとスランプ(強度)が大幅に下がるのです。
でも、この当時は平然と行われていたのが普通です。これは『飲ませろ』という合図の
もとで行われていました。プラント工場で作った生コンクリートは製品として
ちゃんとしたものですが、これをいわゆる打設時に誤魔化してしまうのです。
そうしないと作業ができなくなるのです。
ところで、下のURLに飛んでみて下さい。
これは東海原発が造られたときに撮影された映画です。
映像科学館とあるのでスタートをクリックすれば映画がご覧になれます。
当時の原発推進安全神話映画です。反原発を訴えていくにも是非お薦めの映画です。
(クリック↓)
原子力発電の夜明け...
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4号炉使用済み核燃プールはコンクリに亀裂が入れば終わりだと言っていました。
もうかなりのクラックはあるそうです。
プールの内側の防水壁が瓦礫などにより傷ついている可能性もあるとのことです。
多小の漏れはいつ漏れてもおかしくない状況と言っていました。
あと補強に関しても多々問題があります。
これはあくまでコンクリートでやったとは言え補強です。
しかも構造物そのものを支えているわけではありません。
福島第一原発4号機は着工が1972年9月で営業運転開始日が1978年10月です。
おおよそ、6年間の施工期間です。普通の鉄筋コンクリートの建築物は基礎工事を
かなり重視します。原発ですから当然これも十分に考えた上での設計だった思います。
しかし、設計どおりに施工するとは考えられません。
その一つにこの当時のコンクリート打設という工事を考えてみても分かるのです。
建物のコンクリートというのは、その施工次第でコンクリートの持つ強度が変わってきます。
今はかなり厳しい基準と品質が求められるようになってきて、耐震構造も他国に比べれば
高い水準に達していると考えられますが、この当時のコンクリートの品質はどのようなもので
あったのか・・・!
コンクリート打設そのものが現在と比べれば打設時に使用する工具、機械の類も貧弱で
工事に要する時間も長く過酷な作業であったことは言うまでもないのです
いわゆる3Kと呼ばれる労働の見本のようなもので、この作業を担うのは土工さんと呼ばれる
人たちが行うのです。
下に日本で始めて1960年に着工、1964年に運用が開始された東海原発の
施工当時のコンクリート打設の模様を画像に出してみたのでご覧下さい。
これはホッパー打ちと呼ばれるコンクリート打設工法です。
現在ではあまり行わない工法で、それは何故かというと、労力もさることながら、
打設時間が長くかかってしまうのです。
(建設当時の東海原発)

(ホッパー)

上の大きなバケツのような口から生コンクリートをコンクリートミキサー車から入れます。
これをクレーンなどで吊り上げ打設位置まで移動します。

ホッパーの真ん中くらいのところにハンドルあるいはレバーのようなものが
付いていて、それをロックを外し上下させることにより下の口が開き生コンクリートが
目的の打設位置に落ちます。
生コンクリートが目的の型枠内に入ったら締め固めという作業を行ないます。
コンクリート打設で最も重要な作業です。これを行うことによりコンクリートが
緊密に充填され強度が高まります。これを行わないと大変なことになります。

この当時はみて分かるように丸筋という鉄筋が使われています。今はこのような
鉄筋は使いません。ちなみに僕も良くこの丸筋は見たことがあります。
そう言えば5年くらい前、自民党本部の耐震補強工事に行った時、やはり既存に使われていたのは、この鉄筋でした。
そこの施工もやはり鹿島だったと記憶しています。
さて、下の画像の作業員さんに注目して下さい・・・。
ヘルメットに大崎と書いてありますね・・・。
僕も知っています。大手の下請け業者さんです。

打設そのものは当時も今もあまり変わらないのですが、時間がかかればかかるほど
コンクリートの品質も強度も下がることを覚えていて下さい。
当時のコンクリート打設というのは上にも記載したとおり時間的なロスもさることながら
大変な労力を使います。現在ではホッパー打ちのコンクリート打ちはあまり見かけません。
今はコンクリート圧送と呼ばれるポンプ車で生コンクリートを目的の位置までホースで送り
流し込みます。
生コンクリートというのはご存知のとおり乾けば固まります。ですから作業に時間を
かけられないのです。また、このことが原因で作業に支障をきたすことが多いのです。
ですから、これを解消するために水を入れるのです。・・・・が・・・
これを行うとスランプ(強度)が大幅に下がるのです。
でも、この当時は平然と行われていたのが普通です。これは『飲ませろ』という合図の
もとで行われていました。プラント工場で作った生コンクリートは製品として
ちゃんとしたものですが、これをいわゆる打設時に誤魔化してしまうのです。
そうしないと作業ができなくなるのです。
ところで、下のURLに飛んでみて下さい。
これは東海原発が造られたときに撮影された映画です。
映像科学館とあるのでスタートをクリックすれば映画がご覧になれます。
当時の原発推進安全神話映画です。反原発を訴えていくにも是非お薦めの映画です。
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