広島の原爆で降った「黒い雨」の救済範囲のことを
今日の夕刊に取り上げていた。
これに関しては他の新聞も取り上げている。
広島市などは『黒い雨』の範囲を現在の5倍に拡大するように
厚労省に求めているが、有識者討論会では二十日「降雨地域の拡大は科学的に難しい」
とする報告書を検討会に提出した。
↓(記事)

なぜ僕がこれを気にとめたかは僕が広島県生まれで、この
「黒い雨」の降った五倍と言われる地域に入っているからであり
非常に気になったからである。
地図を参照

黒い雨は広島だけに降ったとされていて、被爆後の調査で、
爆心地から11~19キロメートルの範囲で大雨が、
15~29キロメートルの範囲で小雨が降ったと言われている。
この「黒い雨」は、原子爆弾の爆発20~30分後頃から、
広島市の北西部を中心に降り始めている。
雨の間は夏にも関わらず急に気温が低下して
裸や薄着で逃げ回っていた人々は寒さで震えていたらしい。
しかも、降り始めの1~2時間は爆発の時の泥やほこり、
すすなどを含んだ黒い大粒の雨で、しかも強い放射線が含まれていて、
池や川の魚がたくさん死んで浮き上がったと言われている。
雨の降った地域で水を飲んだ人の多くは下痢になったり
その後雨に含まれていた放射能のため体調を崩したり
そして、後遺症の一つにガンがある。1960年頃から、
甲状腺癌・乳ガン・肺ガンなどの発生率の増加が疑われるようになって、
現在は放射線がガンの発生に重要な関係があると認められる報告もされています。
放射線との関係が認められているガンの中でも、
乳ガン・肺ガンのように被爆20年後(1965年)に増加が始まったものや、
胃ガン・骨髄ガンのように被爆30年後(1975年)に増加したものもあり、
被爆したときの年齢が若いほど、ガンになりやすいとされている。
今更、67年も前の話題を取り上げることではないかも知れないが、
15~29キロメートルの範囲の5倍と言うことを考えれば当然、僕の生まれた
地域も入っているのである。
下の図は放射性物質が混じった黒い雨が降ったと言われる地域の地図である。

そして、もう一つ下の画像を見て頂くと分かるが
このような統計もでている。

僕の父は49歳で肺ガンで亡くなっている。
これは僕が16歳の時だから、1967年である。
もちろん、黒い雨には接してはいない。
戦地からまだ戻っては来ていなかったからである。
しかし、父がどのような経緯を辿って帰ってきたかは不明なのである。
父はその後、小作農として僕たちを養っていたが、
当時の田畑が汚染されていたものかどうかは分からないのである。
また、父の若すぎる死もさしてこの時代においてはめずらしくもなかったのである。
このような事を朝から調べていたらNHKが昨年の5月11日に
これに関しての番組を放送していた事が分かった。
そして、これはと思いYoutubeに飛んで調べて見たら
あったのである

しかし、不思議なことにNHKは自らの手によりこれを
削除していたのである。
僕は腑に落ちないので、夕方6時ころNHKに抗議の電話を入れてみた。
その回答として、『第三者が勝手にアップしてあったものだから
削除依頼をしました。』と言う返事であった。
しかし、この悶着のあと僕のところへNHKから再び電話があり、
『この録画が渋谷の放送センターと千葉市の支局にもあるので
いつでも、視聴できますから、おいで下さい。
尚、この事が問題にもなっていますから近日中に再放送を検討させて
頂きますので宜しくお願いいたします。』・・・
という内容だった。

ちなみに、上の動画にアクセスしても動画は放映されませんのであしからず。
下の動画は参考までにどうぞ
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広島市などは『黒い雨』の範囲を現在の5倍に拡大するように
厚労省に求めているが、有識者討論会では二十日「降雨地域の拡大は科学的に難しい」
とする報告書を検討会に提出した。
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なぜ僕がこれを気にとめたかは僕が広島県生まれで、この
「黒い雨」の降った五倍と言われる地域に入っているからであり
非常に気になったからである。
地図を参照

黒い雨は広島だけに降ったとされていて、被爆後の調査で、
爆心地から11~19キロメートルの範囲で大雨が、
15~29キロメートルの範囲で小雨が降ったと言われている。
この「黒い雨」は、原子爆弾の爆発20~30分後頃から、
広島市の北西部を中心に降り始めている。
雨の間は夏にも関わらず急に気温が低下して
裸や薄着で逃げ回っていた人々は寒さで震えていたらしい。
しかも、降り始めの1~2時間は爆発の時の泥やほこり、
すすなどを含んだ黒い大粒の雨で、しかも強い放射線が含まれていて、
池や川の魚がたくさん死んで浮き上がったと言われている。
雨の降った地域で水を飲んだ人の多くは下痢になったり
その後雨に含まれていた放射能のため体調を崩したり
そして、後遺症の一つにガンがある。1960年頃から、
甲状腺癌・乳ガン・肺ガンなどの発生率の増加が疑われるようになって、
現在は放射線がガンの発生に重要な関係があると認められる報告もされています。
放射線との関係が認められているガンの中でも、
乳ガン・肺ガンのように被爆20年後(1965年)に増加が始まったものや、
胃ガン・骨髄ガンのように被爆30年後(1975年)に増加したものもあり、
被爆したときの年齢が若いほど、ガンになりやすいとされている。
今更、67年も前の話題を取り上げることではないかも知れないが、
15~29キロメートルの範囲の5倍と言うことを考えれば当然、僕の生まれた
地域も入っているのである。
下の図は放射性物質が混じった黒い雨が降ったと言われる地域の地図である。

そして、もう一つ下の画像を見て頂くと分かるが
このような統計もでている。

僕の父は49歳で肺ガンで亡くなっている。
これは僕が16歳の時だから、1967年である。
もちろん、黒い雨には接してはいない。
戦地からまだ戻っては来ていなかったからである。
しかし、父がどのような経緯を辿って帰ってきたかは不明なのである。
父はその後、小作農として僕たちを養っていたが、
当時の田畑が汚染されていたものかどうかは分からないのである。
また、父の若すぎる死もさしてこの時代においてはめずらしくもなかったのである。
このような事を朝から調べていたらNHKが昨年の5月11日に
これに関しての番組を放送していた事が分かった。
そして、これはと思いYoutubeに飛んで調べて見たら
あったのである

しかし、不思議なことにNHKは自らの手によりこれを
削除していたのである。
僕は腑に落ちないので、夕方6時ころNHKに抗議の電話を入れてみた。
その回答として、『第三者が勝手にアップしてあったものだから
削除依頼をしました。』と言う返事であった。
しかし、この悶着のあと僕のところへNHKから再び電話があり、
『この録画が渋谷の放送センターと千葉市の支局にもあるので
いつでも、視聴できますから、おいで下さい。
尚、この事が問題にもなっていますから近日中に再放送を検討させて
頂きますので宜しくお願いいたします。』・・・
という内容だった。

ちなみに、上の動画にアクセスしても動画は放映されませんのであしからず。
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