「團菊祭五月大歌舞伎」歌舞伎座(東京・東銀座)
5月は團菊祭か。
懐かしい響きだ。
ちなみに今は七代目菊五郎と八代目菊五郎がいる面白い状況だ。
七代目は私の記録によると2019年の顔見世興行の時、
大立ち回りの途中で全ての動きを突如停止させた。
そうして全員が正座すると歌舞伎座内の全ての照明が点灯。
七代目が「本日の昼狂言はこれまで」と言って幕。
歌舞伎は100回や200回では全く済まないくらい観て来たが、
この終わり方にはシビれまくったのを思い出した。
そして2026年の團菊祭は歌舞伎十八番「助六由縁江戸桜」か。
助六は十三代目團十郎、揚巻は八代目菊五郎か。
七代目と違って八代目は女形が抜群にいいから舞台は映えるだろうな。
最後の本水までやるのかは不明だが、
これぞ江戸の粋って言う狂言だから気合い入りそうだ。
もう今の私は昼狂言も夜狂言も無理な生活体制になっているが、
相変らず楽しそうな世界ではある。
余談:歌舞伎用語における狂言
歌舞伎の世界では芝居そのものを狂言と表現する場合が多々ある。
理由は一説によると結構恐ろしい。
時の権力者により保護されて来た特権階級の芸能、
能・狂言とは全く違い、
今の感覚で言うなら、歌舞伎はいかがわしい風俗店とギンギンのロックスターが混ざったような最先端の、
完全にイッちゃってる芸能だった。
一説によると幕府の取り締まりで殺された役者は何100人もいたとか。
江戸時代、ずっと差別されていた。
だから迂闊に演じると殺されかねないため、
「これは狂言(冗談の類い)です」と言う逃げ道を作っていたと言う説を読んだ事もある。
七代目の「昼狂言はこれまで」と言う表現は、
歌舞伎の歴史と音羽屋の粋を感じる渋さがある。

