こんにちは。

午前中から雨模様のマロママ地方です。
お盆休みも終盤となりましたね!
まだ治療が残っている私は、どこ行くあてもなく…

あ、有りましたよ~大切なことが。
はい。土曜日に母のお墓参りに行って来ました。私の母です。
ちょっと早かったんですが、今日8月14日が母の命日なんです。

7年前の今日…87歳とご高齢では有ったのでが 血圧が不安定な事以外持病もなくまだまだ元気でした。
その母が救急車で…。
今日は、私の病気は放れて 救急車で病院難民になった時のお話をさせてください。

私達一家(4人)と母は、この家に一緒に暮らしていました。
父が29年前に亡くなり母が独りで暮らすのは不安だと別の場所で暮らしていた私達が一緒に暮らす事となったのです。
あ、私 一人娘なんです。(自分で娘って言うのは、オバサンになるとちっと恥ずかしいもんですね!)
母は高齢出産でした。
夫は次男なので最初は抵抗が有った様ですが諦めたみたいです。
一緒に楽しく~~とは行かずなかなか難しい事も多々ありました。
まぁ、同居したのは 娘①がまだ1歳だったので皆の気は娘に集中してたのが救いだったのかもしれません。
そんな事で私の母と後に産まれた娘②と5人での生活が続いていた7年前のことです。

6月の頃でしょうか、家の階段で足を滑らせ尻餅を着いた母が近所の整形外科へ行くと腰椎の圧迫により骨にひびが入っている様だとの診断。
痛み止めを処方され飲み続けていると
段々と食欲も落ち胃を悪くしてしまい
自力では起き上がるのも困難になってしまいました。
暑さも増し このままの状態では危険だと大丈夫だからと言う母を説き伏せ救急車を呼びました。
腰の痛みも改善されず救急隊の方に背負われ救急車に乗り込みました。

しかし家の前からなかなか動けません。
救急隊の方が受け入れ先の病院を探します。
ここからが明暗の分かれ道になるのでしょうかねぇ。
1軒目連絡付かず。2件目、受け入れ不可。停まったまま何件受け入れの要請をしたのでしょうか決まらないまま30分は経過したと思います。
行先が決まらないまま取り敢えず発車しながら病院探しが続きます。
普段から何処か病院に掛かっていたら
スムーズに掛かり付けの病院へとなったのでしょうが、こちらに住んで病院へ行くこともなかったのです。
そして何件目かの病院、まだ新しく救命救急を備えた病院とコンタクト。
救急隊の方が母の血圧や心拍数や様態を説明すると…
〝そんなに様態が悪くない人は受け入れ出来ない〟との返答でした。
呼吸も荒く痛みを訴え少なからずも胃からの出血が見られた高齢者は、そんなに軽く視られるのでしょうか?

それでも救急車は走ります。
もう私の見た事のない来た事もない見知らぬ町です。


またまた長くなってしまいました。
この続きは後半へとさせて頂く事にしますね❗

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今日も穏やかに一日が終わります様に。