前回の続きです。
疎遠となってしまった理由。
それは、、。
「頑張って成果を出している友人は素晴らしい。頑張っているけど成果が出て
いない今の私は、だめ、、、。」って思っていたからんですね~。
「頑張って偉い人になる!
頑張っていたら、家族を守れる!
がむしゃらに働いて家族を幸せにするだ!」って、
本気で、子供の時から思っていたんですよ~。
今なら、とっても笑えるんですが、
そのころは真剣に思っていたんです。
だから、「頑張っていない自分は、ダメ。
成果が出せない自分は存在価値がない。
存在価値がなくなった私は、生きる価値もない。」って、
真剣に思っていましたね。
「歳をとって、体力が落ちて、誰のお世話もできなくなる自分は、存在価値はない。55才を私の天寿としてくだい。」って、いつも神様にお願いしていたんですよ、真剣に。笑えるでしょう~?
そんな私は、どんどんエスカレートしていきましたね~。
適当に主婦している人、適当に仕事をしている人、自分のことばかりいう人、甘えている人、、、、カラオケ嫌い(遊んでいるイメージ)、不潔嫌い(だらしないイメージ)、有給申請をする人嫌い(怠けているイメージ)、、、、、
「完璧であろう!完璧であろう!
完璧な主婦・完璧な母・完璧な仕事!」
その言葉が、私の全ての生活の判断基準になっていましたね。
だから、何十年も、朝は4時に起床、塵一つなく掃除をして、それでも、ゴミでも落ちていたら、自分がまだ完璧でないと更に掃除に気合を入れ(専門用語で、強化行動と言うんでしょうか,、、笑)、洗濯をしながら、朝食と子供のお弁当を作る。仕事で帰宅が遅くなって、子供達に、お腹を空かせて待たせているなんて、完璧な母がすることではない、って、朝から夕食を作り、完璧にテーブルセッティングまでして、出社していましたね。
そして、職場に行けば、自分の能力を超えた以上の業務をこなさないと存在価値はないって思っているから、できないことはできるまでやろうとする。
時間外も多く、帰宅は、22時なんて、ざらでしたね。
そして、帰宅後、家族が食べた食器を片付ける。
さっさっとお風呂に入って、明日に備えて眠る、、、
そんな毎日でした。
書いていて、私、とっても、苦しくなりましたわ~。
あー、苦しい。
でも、それぐらい、「頑張る」ことは重要だったんですよね。
だって、「頑張って→成果を出す→私は存在価値がある。」
なので、必死だったんですね。
私の生死がかかってますもんね~。(笑)
だから、頑張っている友人には、共感して応援もできた。
でも、自分が「頑張っても、成果が出せていないと、存在価値がない。」って
思っているから、自己否定感から、疎遠になっていってしまった、、、。
でも、この数年、
「頑張らないでも、存在価値がある自分。」
も許可できるようになりまして、ご紹介させていただいたような、
苦しい~私ではなくなりつつありあます。
(安心してください、履いていますから~!(笑))
それでも、このエピソードを、前回、記載した場面で、話をしている時に、
まだ、不消化な感覚で、胸やお腹の辺が、ざわざわと重たく、気分が不快、、、嫌な感じ、、、って思っていると、
「ぴぴっ」って、急に降りてきたのです。
天からの贈り物の声が~!!
続く
