最近、余白って大事なんだなと思う。
前の私は、何か言葉が浮かぶと、

「今、話さなきゃ」
「忘れないうちに出さなきゃ」

って、すぐに言葉にしようとしていた。
もちろん今でも、そのまま出しちゃうことはあるけど(笑)






でも最近は、浮かんだ言葉をすぐにつかまえなくてもいいのかもしれない、と思うようになった。

浮かんでは消えて、また浮かんで。
少し形を変えて、また出てきて。
それを繰り返していると、
「あ、本当に言いたかったのはこれだったんだ」
って、あとから分かることがある。
身体にも、余白がある

これって、私がタントラで感じていることにも少し似ている。
私にとってタントラは、何か特別なことを起こすものではない。

思考より先に、身体の感覚に戻っていく時間。

ずっと考えていたり、頑張っていたり、周りに気を遣っていたりすると、自分が何を感じているのかさえ分からなくなることがある。

「どうしたらいいんだろう」
「これで合ってるのかな」
「こうしなきゃ」

そんな思考でいっぱいになっていると、身体の小さな感覚は聞こえにくくなる。





でも、安心できる場所で少しずつ身体の力が抜けてくると、
呼吸だったり、
身体の温度だったり、
心地よさだったり、
逆にちょっとした違和感だったり。

今まで気づかなかったものが見えてくる。
そして時々、
「私、本当はこう感じてたんだ」
って、気持ちまであとからついてくる。

答えを急がなくていい
だから最近は、無理に答えを出さなくてもいいと思っている。

何かを起こそうとしなくてもいい。
変えようとしなくてもいい。
まず身体が少しゆるむこと。
感じること。

そして、余白ができること。
その中から自然に出てきたものを、一緒に見ていけばいい。
言葉も同じなのかもしれない。
無理に出さなくても、必要なものはまた浮かんでくる。





出したあとに形が変わったっていい。
人の感覚も、気持ちも、ずっと同じではないから。
身体がゆるむと、自分の声が少し聞こえやすくなる。
私にとってのタントラは、そんなふうに、自分の感覚を取り戻していく時間なんだと思う。
頑張って何かになるためじゃなくて。
自分の中にすでにあるものに、少しずつ気づいていくために。




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