先日、人伝いに「次男が○○をいじめている」という話を聞いた。




とても驚いて


あわてて本人に事情を聞いたら


結局は売り言葉に買い言葉。



ちょっとした言葉の行き違いで


文句の言い合い?になったということだった。



話を聞いた次男は「どうしてそんな風に言われなきゃならないんだ!」と怒っていたけれど





「いじめていると言われるということは、自分はその気がなくても傍から見たらそうだったということ。


疑われるような事をすること自体が失敗だと思うし


少なくとも相手がそう思ったのならその時点でそれはいじめになると私は思うよ。」


そう話した。




本人は納得した様だったけれど


私の中にはまだ引っかかるものが残ってる。




本人がすべてを私に話したかどうか。




子どもだけではなく、大人でも


誰かに話をするときに多少自分に有利になるように話すんじゃないかな。。。。そう思うから。





少なくとも

我が子の言うことだけを信じて鵜呑みにすることは避けたい。。。


事実を知ったうえで

ちゃんと本人が納得できるように


間違えていたのなら同じことを繰り返さないように


導いていかなくちゃ。。。。。






それとは別の「いじめ」の話を聞いた。







いじめる方




いじめられる方







どちらにも理由があって





どちらにも言い分があって







そのどちらにも家族がいて…。











その話を聞いたとき、一緒に話を聞いていた人が


「その子の親は我が子がいじめをしている事を知ってるのかな?!」と言っていた。









一時の感情や日ごろつのったイライラを


ただぶつけただけかもしれない。



けど


その先には生身の人がいて


その人にはちゃんと心もあって



その人の言い分が間違っていようと正しかろうと


「いじめ」という形でぶつけてしまうことは



その人だけでなく


その人の家族も傷つける。




その子の人生そのものが、大きく大きくねじれてしまうことだってある。




それだけじゃない。





いじめをした自分自身の事も


それから自分の家族のことだって


傷つけていることになるんだ。





極端な話、私みたいな「ただのおばちゃん」だって


例えば自分のよく知る子が「いじめをしている」と聞いたら


それはそれは大きなショック。。。。。。。。。




そんな想像をしたら、すごくいたたまれない気持ちになった。








してしまったことは一生消えない。


忘れることができたとしても


「した」という事実が消えることはないんだ。










次男の事は


担任の先生にも話をして


様子を見てもらうようにお願いした。






子どもだからといって


いつまでも無邪気にいられるはずはない。


自分はよくても周りに流されることもあると思う。


逆に、周りを巻き込んでしまうことも怖い。




見つめていかなくちゃ。



見て見ぬふりをしないように



真実から目を背けて


傷が深く深くならないように。。。。