今日ふと思った事がある。

うちの2歳の男の子と5歳の女の子はよく喧嘩する。

喧嘩しては大泣きしたり、お互いに叩き合ったりの激しい喧嘩が繰り広げられる事もしょっちゅう。
その度に私も大声を張り上げて「暴力しないで」「やめなさい」などと喧嘩を止めていた。

喧嘩を止めたのはやってはいけない事を教えないとという気持ちと子供達が大泣きをする声を聞いていると自分がイライラしてくるという事もあった。

でも、今日ふと思った。取っ組み合いの喧嘩をしていても私が何も言わなかったらどうなるんだろう?

子供達は取っ組み合いのけんかをする事からも彼らなりに学んでいるんじゃないか?

本当に最低限の事はきちんと教えるし、しからないといけない事もあると思う。

でも、兄弟けんかを無理に制止するのは本当に意味があるのだろうか?
制止する事で自分も嫌な思いをするし凄くエネルギーを消費するように思う。

私が小さい時にも、いじめたりいじめられたりしながら、傷つく事ややってはいけない事を体験を通して学んできたように思う。

「危ないからやめなさい」「人を傷つけてはダメでしょ」と言葉でいわれる事がどれほどの効果があるのだろうか。

言われる事だけで効果があるのなら学校でいじめなども無くなるはず。

人は経験しないと分からない生き物。
辛い事も楽しい事も体験を通して心で感じて経験するからこそ学べるんじゃないか。

実際に私がいじめをしていた時に、わざとではなかったが相手が擦り傷をおった事があった。

その時私の心の中でひどくなんとも言えない嫌な気持ちを感じた。

「どうして今まで一緒に遊んでいた子にこんな事をしているんだろう」「本当にごめん」

相手を傷つけたという体験を通して自分の心が感じた。
自分の心が感じた事は言葉でいわれるよりも大きく心に突き刺さった。
相手を傷つける事で自分も傷つくからだ。その体験を通して私は2度とこんな事はしたくないと思った。それからそんな事をする事は無くなった。

こどもは自分で学ぶ力を持っている。

私はそこを信じきれていなかったような気がする。

子供達が取っ組み合いの喧嘩をした時に、やりたいようにさせてみよう。
そしてお互いが冷静になった時に、なんでけんかしたかではなく「どんな気持ちだったか」「何を感じたか」にフォーカスをあてて話をしてみよう。
私が良い悪いで裁かない。そんな子育てをしてみよう。

自分がそういう風に育てられてなかったから、今までその習慣がなかったけれど、そういう習慣をつけてみてもいいんじゃないかと思った。

私の親としてのあり方を変えれば子供達も変わってくる。そんな気がした。


親としてのあり方を私が変えていこう。

そう思うとなんだか心が軽くなった。

子供達には本当にいろいろ学ばされる。
まだまだ未熟な親だけど、これからも共に成長していきたいな。