
昨日祖母の命日だったのに、お供え物を買い忘れたため、今日受診の帰りにお店に立ち寄り、購入して来ました。
写真が横向きになるのはナゼ!?
直し方もわからないため、横向きになってもそのままアップしてますが、どうしたらイイんでしょ!?
ところで、今朝起きたら雨が!
聞いてないよー!
何時まで降るのやら?
その時間次第では、今日の受診は明日に変更しなければならないので、何となく洗濯をゆっくりしてしまいました。
今日はゴミ出しがあるのに!
そしたら、そんな事情を知らないろろが散歩の要求を。
今朝は時間が無いから、帰ってからね、と言うと、ふてくされながらも納得してくれました。
まずは整形外科に行って順番を取り、それから心療内科へ。
終わったら整形外科に戻り順番待ちを。
いつもの膝に注射をしていただき、飲み薬の他に、今回は久々に痛み止めのチールを処方していただきました。
その帰りにお店に立ち寄り、ふ菓子を購入した次第です。
3つ前の住所は、再婚前後に半年余り、1年未満住みましたが、その時母が来たことがあり、ふ菓子を見た母が、おかちゃ(姑を呼ぶ方言)まだ生きてたの!?介護よろしく、なんて言い出すんです。
そんなバカな。
あれから20年以上経っているのに、祖母をどこに隠したって言うの!?
生きてたら、90歳台後半!?
有り得ないでしょう。
火葬に立ち会い、骨壺に入れて、祖父の隣に埋めたじゃん!
それだけ、嫁いびりが激しかったし、13年という長い間の介護生活は、過酷以外ナニモノでもなかったようです。
父ばかりか、伯母2人の手伝いもあっさり断られたし。
介護は嫁の仕事だと。
そんな姿を見て育ったからこそ、よそに嫁には行けないなと思っていました。
私があと10年早く産まれていれば、介護は私が出来たのにと、悔やまれてなりません。
いろんなことを考えたら、それは不可能ですけどね。
でも、そんな思いが今でもしているせいか、夢の中では寝たきりの祖母はまだ生きているんです。
研修の帰りに立ち寄ってみたよ、と祖母の顔を見たり。
私が佳子のまま生きていたら、介護は間違いなく私がやっていました。
家が貧乏だから、看護学校には行けなかったでしょうが。
母のことは、みんなでいびっていたでしょうね。
だって、寺とはなんぞやを全くわかっていないんですから。
ここまで貧乏だとは思わなかった、夫に騙されて連れて来られた、女遊びも激しいし、カネが無いのに世間体ばかり気にして、金遣いが荒いと口喧嘩が多かったです。
母は娘2人を連れて実家に何度も戻ろうとしましたが、妹は同意したものの、私は寝たきりの祖母を置いてこの家を出られないから、出るなら2人で行って、と言うと母は泣き出し、裏切り者!とよく私を罵っていました。
私は離婚しないでとは言っていません。
あのクソ親父との同居は不満でも、祖母のことは見捨てることが出来なかったんです。
そりゃそうでしょう、私があの家に生まれた理由が理由ですから。
その時は、そんな事情なんて全く知りませんでした。
そのことが理由なのか、母は妹を優先に考えていたようです。
私としては、両親、妹とは全く気が合わず、祖母亡き後は、家庭内ではいつも孤独でした。
寺の後継者として、厳しくする私とは対象に、妹は負けず嫌いの上、何でもワガママ放題で、お姉ちゃんなんだから我慢しなさい、と理不尽な要求ばかり。
自分の言い分が無条件で通ることを覚えた妹は、食事中なんて、ゆっくり食べている私のおかずを横取りしたり。
早く食べない方が悪いと、怒られるのは私ばかり。
他に食べる物が無いため、私はいつも空腹でした。
だからご先祖様は、母と妹を受け入れられないんです。
2人共、思いやりなんて無縁の人物です。
母は、自分は苦労した、と言うのが口癖だし。
子供がいれば、老後は安泰なんてよく言っていましたが、過保護に育てて当てにしていた次女からは、仕事と子育てが忙しいからと、何かあっても断られるばかりのようです。
長女は全く当てにならないと、最初から見放していますが、埼玉時代、両親が入院した際、仕事を休んで付き添いに出かけましたけど?
親が仕事を休んでいて収入が無いから、手当ても交通費も出せないからと、はっきり言われたし。
私の方は、全て欠勤扱いで出かけたのに。
妹はと言うと、電話で様子を聞くことも無かったし、費用面で多少の援助も無かったし。
妹曰く、素人が行ってもやることがわからないけれど、お姉ちゃんは本職の看護婦だから、任せて大丈夫!ですって。
結局は、自分では何も負担したくなかったのでしょう。
それも、当時私が勤務していた病院だけでなく、うちと妹の嫁ぎ先のご先祖様の怒りの原因になっています。
私は当然ながら、両親も妹も許せず、妹に関しては、例え謝罪されても許す気はありません。
あちらの世界に逝ったら、私の生涯年齢分、浮遊霊になってね、とご先祖様に言ってもらうつもりです。
手相占いの先生に先日、98歳まで生きると言われましたが、それだけ長い年数浮遊霊になったら、子供までは墓参をしても、孫より下の代になれば、供養なんて望めないのでは?
あちらの世界のことはよくわかりませんが、簡単に許したら、何でも許されると思い込み、また私を下に見て、ご指導ご鞭撻がしつこいでしょう。
お姉ちゃんのためを思って言ってあげてるのに!と激怒されるので、一緒に食事をするのが苦痛でした。
食事マナーについてなら、知らない親に言えよ、といつも不満でした。
今は、公務員としてのプライドが強く、2人で頑張ってここまで来たと、本気で思っているようです。
それなら、子育ても2人で何とかしろよ、仕事を休めない私を強引に休ませてまで頼るなよ、と言いたいですが、民間企業に勤めていたんだから、協力して当たり前、と天狗になっている妹夫婦には、何を言っても通じないでしょう。
母の死、実家の整理が済んだら、妹は転落の人生を歩むらしいです。
本当にそうなったら、面白いですね。
今日も愚痴が長くなって申し訳ございませんでした。
にも関わらず、最後までお付き合いくださり、ありがとうございます。
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こんな私ですが、見捨てることなく、これからも応援していただけたらありがたいです。
以上です。