今まで普通にものを食べていたにもかかわらず

食事を制限するようになったきっかけは

人それぞれなのでしょうが、それは

誰かからの「太っている」 という一言であったり

好きな人の「細い子が好き」 という好みだったり

そのほかに人との関係がこじれて

自分のほうを見てほしいという気持ちが高じたり

痩せると何かが変わるような気がすることだったりします。


拒食の「食を断つ」 というのは、

「誰かとのつながりを断つ」 ことだったりします。

過食の「食を欲す」 というのは、

「誰かとのつながりを切望」 していたりするのです。


「食」と「人との関係」は密接しているのではないかと思います。

「食のあり方」 というのは、

心を反映している、いわゆる「心のあり方」そんな気がします。


私の場合はどうだったのかといえば

「やせ細った私に気づいてよ!!!」 という

SOSだったような気がします。


2ヶ月で10キロ近く痩せた時

友人や周りの人たちは変化に気付きましたが

一番身近な存在である夫だけは気がつきませんでした。

そのころ、私は実家の問題をいろいろ抱えていて

いっぱいいっぱいになっていました。

「アダルトチルドレン」 という言葉も知り、

自分の過去や現在と照らし合わせてみては

どんどん落ち込んでいく状況だったのです。


(ちなみにアダルトチルドレンという言葉は

人生を停滞させるための最適な言い訳に過ぎないと、

今になっては思います)


誰かに辛さを聞いてもらいたかったのですが

身近なところで聞いてくれる人はいませんでした。

最も相談するべき相手(夫ですが)とは当時は

人生の中で一番心が離れていた時期だったと思います。

誰にも話を聞いてもらえない苦しさに

心がゆがんでしまったのかもしれません。


「私のことなんて誰も何もわかってくれない」


絶望感を伴って、一番身近な夫とのつながりを

絶ってしまった気がします。

心労が続き、一時的に食欲を失った私は

鏡に映る姿にちょっぴり嬉しくなりました。


もしかして、私、痩せてる?


コンプレックスだった丸顔がすっとしています。

お腹や腰周りがすっきりしています。


「痩せたね」


そんな言葉が私には麻薬のように浸透していきました。

とても幸せな気分になりました。


今の自分を認められた


もともと自己評価の低い私は

誰かに痩せたことを誉められたような気分になりました。

ダイエットしていたわけではありません。

少し苦しくて胸が詰まったような状況が

胃の中は、からっぽにもかかわらず心地よかったのです。


瞬時にして脳裏を掠めた傷がありました。

昔、好きだった人が細い子が好みで振られた事

今、関係性がよくない母親と同じ体型だという事


人生がなかなかうまく行かないのは太ってるから?

もしかしたら

痩せたら素敵な人生があるのかもしれない

きっと、私の潜在意識はそう感じたに違いと思うんです。


バカみたいな話ですが、きっと、バカだったのでしょう。

それほど、心が悲鳴を上げていたのではないかと思うんです。