こんにちは!
台風一過の京都です。
気持ちの良い青空が広がって、ようやく洗濯物を外に干せました。
☆爽☆快☆
さて、今日は兄の話を。
わたしと兄は年が4つ離れていて、
性格も見た目もまったく違う兄妹です。
10代20代のころは、昔は乱暴で、目つきも怖くて、あまり関わりたくなかった存在。
兄もわたしのことはどうでもいいというか、うっとしいというか、そんなかんじやったんちゃうかなあ。
わたしが大学に行き始めた頃、兄は大学を終えはたらいていて、最初は電気屋さん、電気工事士の資格をとってからはエアコンなどの取り付けするところに転職。
まあなんてゆうか、毎日くたくたのドロドロなイメージで。
それはわたしが大学終えて香川で就職してからも変わらずでした(わたしは、最初大学終えたらすぐ結婚するつもりやったんやけど、当時からつきあっていたごしに「きみは一旦就職というものをして、お金の大切さを知りなさい」と言われた)
で、就職しはじめて、一緒にたまに飲んだりするようになってから関係が改善していった。
結婚して京都に戻ってからほどなくして兄も結婚。三人目の子供が生まれる前あたりで兄は祖母のレモンを継いで、農家を始めることになった。
いちから農家をはじめるというのはたいへんなことで、文字通り畑違いのその職はさまざまなもの、天候や虫、いろいろな病気、台風や冷害やひとつとっても今までの仕事などまったく役には立たず、これまた毎日苛立っていた。
祖母は祖母で、畑をわたすといっても自分が長年やってきた自負というものがあって、口をだしたり横やりをだしたりして、ぎすぎすした雰囲気が漂っていた。
うちはもともと、父が婿養子なので、畑を継ぐというのはなく、そもそも父は言語聴覚士という職で、70を超えた今も現役で病院ではたらいている。
祖父は若くから腎臓を悪くしていて、もともとみかんを手広くやっていたのだけど、
これからはレモンや。と、ここらへんでは誰もやっていなかったレモンに手をつけたのがはじまりで、それは今思えば50で未亡人となった祖母に、みかんでは一人で生きていけへんから誰もやってないレモンをやるということで、生きる術を与えたのやと思う。
口の悪い兄と、口を出したがる祖母、あいだに挟まれた母は大層しんどかったやろう。
なかなかうまいこと結果を出せずに何年も何年もやってきて、
ようやく実を結び始めたここ数年。
先日すごい話を聞いた。
それは、
兄のつくったレモンを皇室の関係者が注文してくれたというのだ。
兄は、地道な努力の結果ここ数年でとても飛躍していた。
兄のつくるレモンはこだわりがつまっていて、本当においしいし、
何より綺麗。
兄がB級品で出すようなレモンは、とてもB級には見えない。
そして、安い。
人をやとえばいいのに、という声にも
自分で全部責任持ってやりたいし、人をやとうと、自分の目の届かないところができてくる、それが嫌。というのでこれからも当分は一人でやるそう。
で、一回やったらお試しなんかなと思うんやけど、それからもコンスタントに注文が入ってきているみたいで正真正銘、兄の作ったレモンが皇室のシェフのお眼鏡にかなっていると思うと誇らしい(皇室といっても、どちらの皇族かは一応秘密にしておきます。)
兄の努力はもちろんそれを支えた周りの人々にもおめでとうを言いたいし、








