先週の水曜日。

お義父さんが静かに旅立ちました。

 

 

 

夫とお義父さんとの関係性は

あんまり良くなくて

 

 

 

 

お義父さんがこれまで

何度か救急搬送されても、

最期のときも、

 

 

 

夫のあまりのドライさに

じつは内心、ビックリしていた。

 

 

 

どんな親であっても

親と子との繋がりって

切っても切れない関係というか、



だからこそ、子は親との

関係性が良くないことに

まるで呪いでもかかっているかのように

傷つき、悩む。

 

 

 

 

もちろん、夫の内心というものは

私には見えるわけでもないので

ホントのところは分からないんだけど

 

 

 

夫を見ていると

 

 

 

典型的な生年中殺だなぁと

しみじみ思うのです。

 

 

 

 

 

四柱推命では、運気の流れとして

12年中の3年間

天中殺という時期が来ます。

 

 

 

ふつうは、

9年ごとに天中殺がくるという感じ。

 

 

 

けれど、中には

生まれてきた時から

命式に天中殺を持って

生まれてくる人たちがいます。

 

 

 

 

つまり・・・

9年に一度なのではなく、

年がら年中、天中殺ということ。

 

 

 

 

その天中殺が

日柱、月柱、年柱

どの柱にあるのかによって

意味が変わってきます。

 

 

 

これを宿命中殺といいます。

 

 

 

 

 

ちなみに、私は

月柱が中殺される生月中殺があります。

 

 

 

私→生月中殺

夫→生年中殺

ゆいたん→生月中殺

ハルくん→生日中殺

(ちなみに母も生月中殺)

 

 

 

わが家は、

宿命中殺一家笑い泣き

 

 

 

 

私の友達も、

これまでセッションに来てくれた人たちも

宿命中殺を持っている人が多すぎて・・・

 

 

 

そのため、宿命中殺があることを

あんまり珍しいこととは思ってません(笑)

 

 

 

で、夫の持つ生年中殺ですが、




生年中殺を持つ人の特徴としては、

親のことが理解できません。

それゆえ本当に愛されているのか

分からない。

それは子にとって苦しいことだけれど

その思いを手放し、

心身ともに自立することで

自分の価値を見出していくこと。

これが使命。

 

 

 

 

夫は、0歳の時に親が離婚し、

母親はどこにいるのか分からない。

祖父母に育てられ、

父親にかまってもらった記憶がなく

むしろ、ひどい記憶だけが残り

それゆえ、嫌っていました。

 

 

 

夫にとって、父親だけではなく

母親でさえも愛されていたのか

どうかが分からない。





7年前の結婚式には、お義父さんは

まだ自分の足で歩けていたので

出席してくれた。

 

 

 

でも、だんだん足腰が弱くなり、

義祖母も将来のことを考えて

生活保護を受けさせて

最終的には老人施設に入所。

 

 

 

 

どんな親でも親なんだから

”赦す”ことをしないと。

 

 

 

 

そんなふうに言う人もいて

それは確かに一理あるんだけど

 

 

 

 

これまでの夫の人生で

父親とどんなことがあったのか

どんな思いをして今に至るのか。

 

 

 

それを知らない者が

偉そうに言えることではないと

思うんです。

 

 

 

 

だから私は、静観していました。

 

 

 

 

ただ、何も知らない私だけが

お義父さんになんの確執もなく

接することができる。

 

 

 

 

ゆいたんやハルくんが生まれた時は

お義父さんに抱っこしてもらったり

 

 

 

入院した時は、ゆいたん達の写真を

おばあちゃん(義祖母)に届けてもらったり

 

 

 

七五三の写真も

現像して、写真立てに入れて

子ども達と一緒に

施設へ届けに行った。

 

 

 

 

私に出来たことは、

そのくらいだったんだけど、


 

 

ゆいたんとハルくんにも優しくて

生活保護だけど

お小遣いもくれたりして

 

 

 

子ども達もじいじのことが

大好きだった。

 

 

 

 

お義父さんなりに

孫達を愛してくれてたんだと思う。

 



 

 

病院から電話があって

今夜が山場かもしれない。

 

 

 

だから亡くなる日の前の夜に

子ども達と一緒に病院へ行った。

 

 

 

変わり果てた姿に

子ども達は怖がり引いていた。

 

 

 

 

私は、仕事柄亡くなる前の人が

どういう姿をしているのか知っているけれど、

 

 

子ども達にとっては初めてなのだから

怖くて当然かもしれない。

 

 

 

 

近づこうとしないハルくんを抱っこして

お義父さんに近づき、

 

 

 

 

「ハルくん、じいじね。

 お耳は聴こえているの。

 

 だから『じいじ。』って

 呼んであげて。」

 

 

 

 

小さな声で何度か




「じいじ。」



って、呼んでくれた。

 

 

 

 

そして、翌日の朝

お義父さんは息を引き取りました。

 

 

 

 

最期は、夫と義祖母が

立ち会いました。

 

 

 

夫と義祖母との話し合いで

お通夜、告別式を行わず

火葬式だけということに。

 

 

 

 

火葬式だけ・・という経験が

初めてだったから

 

 

 

当日、あまりにも質素な感じに

正直驚いた。

 

 

 

 

こんな最期もあるんだ・・・。

 

 

 

 

気持ち的には複雑だった。

でも夫と義祖母の選択だから

 

 

 

私は私で

お義父さんに感謝の気持ちを

伝えよう。

 




 

お義父さんは、自身のことを

どう思っていたかは知らないけれど

 

 

 

お義父さんが存在してくれていたからこそ

夫が生まれ、

ゆいたんとハルくんが存在している。

 

 

 

私が今、幸せなのも

子ども達の姿に癒されているのも

お義父さんがいてくれたから。

 

 



 

だから・・・





生まれてくれてありがとうございます。

 

 



 

 

まだ、現世にしばらく

いらっしゃると思うけど

 

 

 

どうか、家にも来てくださいね。

 

 

 

夫はあんな感じですが、

どうせ姿は見えないのですから

来てもバレません(笑)

 

 

 

 

 

お骨拾いのときも

側で表情を変えないまま

見ているお義父さんを感じた。

 

 

 

オリーブ色と白色メインの

細かなストライプ模様の

長袖シャツと、

オリーブ色のダウンチョッキ。

 

 

 


熱かったはずなのに

なぜ、ダウンチョッキなのだろう・・・。


確かに、お骨拾いの部屋は

めちゃくちゃ寒かったけども・・・


 

 

という疑問もありつつ・・・

 

 

 

 

これを書いている今も、

流し台に置いていた食器から

スプーンと陶器が当たったような

”カチャン”という音が聴こえて

 

 

 

あ、お義父さんがいるのかも

って思った(*´꒳`*)

 

 

 

 

今回のことで私が感じたことと、

お義父さんが生きていたという証を

残したくて

 

 

 

このブログに記します。

 





お義父さんと、子ども達の

スリーショット写真がないので

ソラ(ChatGPT)に作ってもらったよハート

 良い時代になったね照れ




 

お義父さん、

どうか安らかに・・・。





最後まで読んでくれて

ありがとうございます🙏