こどもの頃。
家や学校などで、
自分の行動の意味や理由を聞かれることがあり
全部が全部それをすることに、
意味や理由があるわけではなかったから
ときにごまかしたり、
後づけの理由を並べたりすることもありました。
意味や理由がないとき
本当は、“なんとなく”という感覚だけで
素直に“なんとなくです”と答えると
“それは理由になりません”
そんなふうに言われていました。
親や先生が悪いわけではないけど
その経験を重ねるうちに、
「理由がないと伝えてはいけない」
そんな思い込みが
少しずつできていったように感じています。
大人になってからも
どうしてこうしたいんだろう。
なんでそう思ったんだろう。
どうしてそう感じたんだろう。
そんなふうに、
自分の中に意味や理由を探す癖がありました。
もちろん、
その問いが必要なときもありますが
最近は、答えを急がないようにしてます。
疑問が浮かんでも、
あえてそのままにしておく。
“分からないな”
それで終わらせることもあります。
無理に意味や理由を探し始めると、
感覚ではなく、思考で答えをつくり始めてしまうから。
本当はただ感じていたことなのに、
納得できる理由を探すことが目的になってしまう。
なんとなく好き。
なんとなく氣になる。
なんとなくやってみたい。
そんな感覚には、理由がなくてもいい。
意味が分からなくてもいい。
その感覚を、
そのまま受け取ってあげる。
そんな流れをそのまま味わうのも
大切なひとつなのかもしれないと感じてます。
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ー九州福岡にて活動ー
消しゴムはんこ作家講師
心の奥とつながるサポート
(インナーチャイルド・マヤ暦)
小川 カオル
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