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 立派だった人生終わりの日

 

 

 

先日、父が急逝しました。

92歳でした。

 

 

前日まで、普通通りの日常を送り

 

庭の菜園のほうれん草をとって

食後には台所で食器を洗って

 

少し早めに就寝したと言います。

 

 

そしてそのまま

目覚めることはありませんでした。

 

 

突然見送ることになった私たちは

とても驚きましたが

年齢が年齢だけに、心の隅では

いつかこんな日が来るとわかっていました。

 

 

昭和7年に生まれて

令和7年まで生きた父。

 

 

不安なこともあっただろうに口に出すことなく

病気ひとつせず、穏やかな晩年でした。

 

 

我が父ながら、立派な人生の終わり方。

あっぱれの大往生だと思います。

 

 

 

 

 今までありがとう

 

 

 

父が亡くなる4日前に、私は

娘と息子を連れて実家を訪ねていました。

 

 

父を手伝って本棚の本をまとめたり

母を手伝って不用品を処分したり。

 

 

両親の家の片付けを

息子と娘が快く手伝ってくれて

 

こんな家族に恵まれた私は

幸せだ者だな、なんて思っていたのです。

 

 

 

たまたまその日は

私達の結婚記念日でした。

 

 

「そう言えばお父さん、

私達今日で結婚30周年なんだよ」と言うと

 

「おお、そうかそうか、

もうそんなになるのか」と

 

父は少し驚いた顔をした後

嬉しそうに笑っていました。

 

 

その流れで思い出話になって


 

私が挙式したホテルの教会の神父さんが

偶然にも父の幼馴染で

 

「式の途中に叔父さんが気づいて

兄弟がざわついたんだったよね」

 

「そうそう、式のあと突然伯父さんたちが

神父さんに名前で呼びかけて

みんなびっくりしてたんだよね」

 

「そんなこともあったねえ」

 

 

なんて懐かしい話をしたのが

最後の会話です。

 

 

 

帰り際、父と母は家の前で

 

息子が運転する車が角を曲がるまで

ずっと手を振ってくれました。

 

 

もしあの時間に戻れるのなら、

 

車から降りて両手で父の手を握って

 

今までありがとうと伝えたい。

 

 

 

 

 最後の親孝行

 

 

 

ここ数年、年賀状を書くときも

会って話をする時にも

 

伝えることはいつも同じ。

 

 

元気でいてくれてありがとう

でした。

 

 

それが本心だったから。

 

 

病気ひとつせず

最期まで元気でいてくれたことに

感謝しかありません。

 

 

でも若い頃はぶつかることも多く

思い出しても不器用な家族でした。


複雑な思いを引きずっていた私は

 

50歳を過ぎてからやっと

ありがとうとはっきり口に出して

言えるようになったのです。

 

 

だから、感謝を伝えられたのも

父が長生きしてくれたおかげです。

 

 

そしてあの日、親子で訪ねて

結婚30周年を伝えられたことが

 

いま、私の心の支えになっています。

 

 

 

父が元気でいる姿に

私が安心したように

 

 

父も、私が幸せでいる姿に

安心してくれたかな。

 

 

だとしたら、

最後に親孝行できたかな。

 

 

 

 

まだ気持ちがふわふわしているような

変な感じ。

 

感謝と、寂しさと

しっかりしなきゃ、の気持ちの間を

行ったり来たりしています。

 

 

 

 

 お読みいただきありがとうございます。



今までも両親のことを書いていました

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