こんにちは

まほろです



築95年の夫の実家をリフォームして

行ったり来たりの二拠点生活をしています

 

 

 

 

 



 

 

 

初めての収穫

 

 

 

2年前に植えたブドウが

今年初めて実をつけました


 

元はと言えば、

部屋に直射日光が入ってくるのを遮る目的で、

夫が棚を手作りして植えてくれたブドウです。

 



正面の窓に見えているのがブドウの木

目に涼しく日陰を作ってくれるまでになりました

 



日光を遮るのが目的だったので

実の収穫は当てにしていませんでしたが


緑色だった実が次第に紫色に色づいていくのを眺めているうちに、


半信半疑ながら

「食べられるのかなあ」

とだんだん楽しみになってきました。

 


実は10日ほど前に一度、

試しに一粒つまんで食べてみたんです。

 

「酸っぱーい!」チュー


なんだ、やっぱり観賞用か〜

 と思っていたのに

 

昨日、庭に出ていた夫と息子が

「わ!甘くなってるっ!」と騒いでる!

 


なになに?

声に釣られて出ていくと、


2人でブドウを食べてみたら

甘く美味しくなっていたそうです。

 

フサごと収穫せずに、

通るたびに摘んでいる模様‥。

 


まあ、確かにそれが一番

フレッシュな食べ方ですね

 

 



 



 

息子の運転で

 

 

 

今回初めて、息子の運転で実家に行きました。


普段は一人暮らしの自転車生活。

たまには運転の練習をしたいと思ったそう。

 


一緒に行くのは、夫と私と犬です。

助手席には夫。

私は犬と一緒に後部座席へ。

 

犬が珍しそうに

「今日はこっちなの?」と

言いたげに見てきます。


 

後部座席も、

息子の運転も新鮮でした。

 

後ろに座って、運転はお任せです。



こうして親の役割を

ひとつずつ手放していくんだな

 

 



 

息子が帰る日

 

 

普段は一人で自炊をしている息子ですが

 

下宿に帰る日の前の晩には、たいていいつも

「明日、お弁当お願い」と言ってきます

 


私はどういうわけか

いつも反射的に「わかった、いいよ」と

二つ返事で息子のお願いに応えてしまう。



別に構わないんですけど

これ、自分でも不思議なんですよね。



どうやら成長期の

「ちゃんと食べさせなきゃ」の呪縛?が

まだ消えないようなのです。

 

 

今日も朝から、朝食とは別に

ハンバーグと煮物と卵料理などを作りました。

いつもの3人家族の夕食の量です。

 

半分はお弁当に入れて、

半分残ると思っていたら

 

アラアラ、半分以上がお弁当に入り、

残りは息子が食べていきました。

私のお昼の分はなくなりました

 

 

おまけにテーブルを立つ時、

ニヤッと笑って

「時間ないから、このままでごめん」って。

 

仕方ないねえ

たまのことだし、見逃します。


 

駅まで送る車の中で、

次に帰ってくる時には

犬もオレも誕生日過ぎてるわ

とか話しながら

 

見送って帰ってきて

息子の部屋を見にいくと


布団も机もスッキリきれいに

片付いていました。

 

 

 

親の役割って

手放すのは嬉しい。

けれど、少しだけ寂しい。



たぶん、またお弁当を頼まれたら

ホイホイ作ってしまうと思います。

 

 

 



今日も最後までお読みいただき

ありがとうございました