こんにちは。まえたです。
今から10年以上前のこと。
ある資格の勉強会に参加したのです。
だい〜〜〜ぶ年上の男性に
「○○しないのは失礼だ。あなたの態度は、相手を尊重していない」って
注意をうけたことがありました。
そのとき、
「そんなつもりはなかったのですけれど…」
って弁明したら
「あなたがどんな”つもり”だったは、関係ない」って
ばっさり。
取りつくしまもなくて。
目上の方だったからね、
当時、自分としてはこころ配りをしていたつもりだったのです。
そのとき すごくびっくりして。
とてもとても落ち込みました。
そして
「私は 素のままでいたらいけないんだわ!」
って、すごく自分を恥じたの。
で、そこから 数年前まで
「相手にとって失礼にならないように、”ちゃんと”すること」
っていうのが、私なかで聞こえる声で。
私自身を 縛る呪いのようになっていました(^^)
この言葉が私のなかでこだまするとき、
わたしはいつも
「あれは、○○さんにとって大丈夫だったかしら」
「いやな思いをさせていないかしら」
って、心配して
自分がおこした些細なミスを、とても大きなものに感じてました。
自分をよく見せたくて、
いつも相手の顔色ばかりをみていました。
とても、つらかったな〜〜〜。
あれから時間がたって。
今、私が思うのは
「相手を尊重する」 ってことと、
「尊重した態度をとる」っていうのは必ずしも同じじゃないってこと。
相手を尊重していても(内在するエネルギーがあっても)、
尊重した態度をとるというスキルが低いと(表現する方法論をしらないと)、
相手からは、そこにある愛は見えないことがある。
でも、「じゃあ、スキルを磨きましょ」ってことがいいたいんじゃないの。
そうじゃなくてね。
伝えたいのは、
表現スキルと、内在するエネルギーは別だから、
自分を恥じる必要はないんだ、ってこと。
相手に失礼だって言われたら
「ああ。表現の仕方が、相手の基準とちがったのだな」って
思って大丈夫。
そして、そこであえて弱いまま、こころを開いて
「ごめんなさい。わたしは、どうしたら良かったのかしら。」って
相手に聞いて大丈夫。
そして、もし相手の言ってきた要求が、自分にとって難しいものだったら
「ごめんなさい。それは▽▽だからできないわ。」って
素直に伝えても大丈夫。
相手のことを嫌いになったり、攻撃したり、
自分を過度に防衛したりしなくても、
ほんとの本当は 大丈夫。
あなたは、本当は「素のままの自分」で愛されるにふさわしい。
(^^)
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