秀山祭九月大歌舞伎

初日に第一部から第三部まで観てきました。

二世中村吉右衛門一周忌追善


二代目 中村吉右衛門 本名 波野辰次郎 1944年5月22日生、2021年11月28日。播磨屋、定紋、揚羽蝶、替紋は村山片喰。ふたご座。俳名:秀山。ペンネーム:松貫四日本芸術院会員、人間国宝、


当月、大一座による追善興行が行われている秀山祭は、明治から昭和までの歌舞伎界屈指の名優と言われた初代中村吉右衛門の芸の顕彰と継承を目的に、二代目吉右衛門が中心となり、2006年9月から始められた。4日初日、12日と21日休演日、千穐楽は27日。


渡辺保先生の劇評、


主なき秀山祭





片岡仁左衛門の由良之助、11月から始まる十三代目市川團十郎白猿の襲名公演、海老蔵で最後の歌舞伎座出演となる市川海老蔵は、寺岡平右衛門 吉右衛門さんの相手役を勤めていた雀右衛門のおかる の、第三部 仮名手本忠臣蔵 を楽しみにしていた観客は多いはず。私もそのひとり。再見は千穐楽。


市川海老蔵さんのなさってる、平右衛門をちょっと深掘り。


歌舞伎登場人物事典より


寺岡平右衛門 (『仮名手本忠臣蔵』)

 

〔物語〕

足軽の寺岡平右衛門は、祇園の一力茶屋に遊ぶ大星由良助に敵討ちのお供を願い出る。平右衛門は、妹お軽を口封じのために身請けして殺そうとする由良助の心底を悟り、由良助に代って妹を成敗し、その功によって敵討ちの連判に加わろうとする。平右衛門の覚悟を知った由良助は、平右衛門に本心を明かして敵討ちの供を許す。

 

〔出典・モデル〕

赤穂浪士の寺坂吉右衛門(1665~1747)がモデル。足軽頭吉田忠左衛門組下の足軽で三両二人扶持の軽い身分ながらも敵討ちの義盟に加わり義士の連絡役を勤めたが、元禄十三年(1702)十二月十四日、吉良邸討ち入りの当日に姿を消した。大石内蔵助は、「寺坂吉右衛門儀、十四日暁までこれあり候ところ、彼の屋敷に見え来らざる由、かろき者の儀、是非に及ばず候」(寺井玄渓宛て書簡)と記している。一方、寺坂吉右衛門は討ち入りに加わったのち、密命を受けて書状を届けるために立ち退いたという噂もあった(『堀内伝右衛門覚書』)。寺坂を討ち入りに加わった義士とするか、逃亡をした不義士とするかで国論は二分された。儒学者の佐藤直方、浅見 絅斎、太宰春台らは不義士として「四十六士」を論じ、室鳩巣、荻生徂徠らは寺坂をふくむ「四十七士」を顕彰した。寺坂吉右衛門はその後、吉田忠左衛門の親類に仕えたのち、延享四年(1747)十月六日に江戸で83歳の生涯を閉じた。『寺坂信行筆記』は、吉右衛門が遺した覚書を孫の寺坂吉右衛門信成がまとめたものである。

 

〔演出・扮装〕

寺岡平右衛門は、人形浄瑠璃の原作にはない歌舞伎独自の演出が見どころになる。酔って寝てしまった由良助を見限って帰ろうとする三人侍を止める場面では、「しばらく、しばらく」と掛け声をかけて出て、「飲んだ酒なら酔わずばなるまい、酔った酒なら醒めずばなるまい、醒めての上の御分別、申し」と言って二重舞台から飛び降り、あぐらを組んでギバに落ちる派手な演出を見せる。


由良助を介抱する場面を通称「蒲団と枕」という。軽い笑いのうちに、平右衛門の木訥とした味わいが出るところ。


後半、妹のお軽と再会してからが見せ場。お軽の姿を見て褒めるところ、勘平の消息を聞かれて言い紛らすところ、由良助の本心が「読めたっ」といって義太夫の三味線のメリヤスに乗り喜びを押し殺して早口にせりふをいうところ、癪を起したお軽を介抱するところなど、歌舞伎で工夫された「入れ事」の演出が続く。


「小身者の悲しさは、人に勝れた心底を見せねば数に入れられぬ。聞き分けてくれ、死んでくれ妹」とお軽に因果を含め、もろ肌を脱いだ両袖を持って悲しみをこらえるところが見どころになる。扮装は、「平」の字の紋を付けた黒の着付け、もろ肌を脱ぐと絞りの襦袢になる。鬘は、カラの椎茸。





以外追記、

「ヤレ聊爾なされまするな。憚りながら平右衛門め、それへ参つて只一言、申し上げたき儀がごわります。暫く、暫く、暫く暫く、お控へ下さりませう。御家老様、寺岡平右衛門めでごわります。御機嫌の体を拝しまして、如何ばかり大悦に存じ奉ります」
「フウ、寺岡平右衛、寺岡平右衛とは、エヽ何でえすか。前かど北国へお飛脚に行かれた、足の軽い足軽殿か」
「ネイ、ネイ、左様でごわります。殿様の御切腹を北国にて承りまして、南無三宝と宙を飛んで帰りまする道にて、早御家も召し上げられ、一家中も散り散り、と承つた時の無念さ。奉公こそ足軽なれ、御恩は変らぬ御主の仇。おのれ師直めを一討ちと鎌倉へ立ち越え、三ケ月が間非人となつて付け狙ひましたれども、敵は用心厳しく近寄る事も叶ひませず、所詮どん腹かつさばかん、とは存じましたが、国元の親の事を思ひ出しまして、すごらすごら帰りました。所に、天道様のお知らせにや、いづれも様方の一味連判」
「ゴホン、ゴホン、ゴホン」
「石碑、御建立の様子を承りまして、ヤレ嬉しや有難やと、取る物も取り敢へず、あなた方の御旅宿を訪ね、ひたすらお頼み申し上げましたれば、『ム、出かいた、うい奴ぢや。お頭へ願つてやろ』とお詞に縋り、これまで推参仕りました。サ師直屋敷の」
「アヽ来いよ、来いよ、来いよ。コレ」
「ネイ」
「コレ」
「ネイ」
「コーレ」
「ネーイ」
「其元は足軽ではなうて、大きな口軽ぢやの。何と太鼓持ちなされぬか。尤もみたくしも、蚤の頭を斧(よき)で割つた程無念なとも存じて、四五十人一味を拵へて見たが、味な事の。よう思うてみれば、仕損じたらこの方の首がころり、仕畢せたら後で切腹。どちらでも死なねばならぬといふは、人参飲んで首括る様なもの。殊に其元は五両に三人扶持の足軽」
「それはあんまり」
「サヽお腹は立てられな、お腹は立てられな、アハヽヽヽヽ。はつち坊主の報謝米程取つてゐて、命を捨てゝ敵討ちせうとは、そりや青海苔貰うた礼に太々神楽を打つ様なもの。我等知行ウーイ千五百石、貴様と比べると敵の首を斗升で量る程取つても釣り合はぬ、ヤ釣り合はぬ。所で、やめた」
「エヽ」
「ナ、聞こえたかえ、聞こえたかえ。とかく浮世は、コレ、コレ、かうした物ぢや、ツヽテン、ツヽテン、チンチンチンツンシヤン、なぞと弾きかけた所はたまらぬハヽヽヽヽ、ヤたまらぬですわいワハヽヽヽヽ」
「これは由良助様のお詞とも覚えませぬ。わづか三人扶持取る拙者めでも、千五百石の御自分様でも、繋ぎましたる命は一つ、御恩に高下(こうげ)はござりませぬ。押すに押されぬは御家の筋目、殿の御名代もなされまするお歴々様方の中へ、見る影もねえ私めが、差し加へてとお願ひ申すは、憚りとも慮外とも、ほんの猿が人真似。お草履を掴んでなり共、お荷物をヤツと担いでなり共参りませう。御供に召し連れられて、由良助様、御家老様、どうか御供に召し連れられて、これはしたり、寝てござるさうな」
「コレサ平右衛門、あつたら口に風邪ひかすまい。由良助は死人も同然、矢間殿、千崎殿、もう本心は見えましたか。申し合はせた通り計らひませうか」
「いか様、一味連判の者共への見せしめ。イザいづれも」
と立ち寄るを、
「ヤレ暫く」
と平右衛門、押し宥め、傍に寄り、
「つくづく思ひ廻しますれば、御主君にお別れなされてより、仇を報はんと様々の艱難。木にも萱にも心を置き、人の謗り無念をばぢつと堪へてござるからは、御酒でも無理に参らずば、これまで命も続きますまい。醒めての上の御分別」
と、無理に押へて三人を、伴ふ一間は善悪の、明りを照らす障子の内、影を隠すや、月の入る。

☆☆☆(中略)

世にも因果な者ならわしが身よ、可愛い男に幾瀬の思ひ、エヽ何ぢやいなおかしやんせ。忍び音に鳴く小夜千鳥)
「アヽ騒ぐは騒ぐは。流石は花の祇園町、面白さうに歌いをるは。アヽ何とやら、ム、入相の鐘は廓の夜明けかな、とはよく言つたものだなアハヽヽヽヽ。ヤそれはさうと妹に逢ひてえもんだが。ム幸ひの女中、ちとお尋ね申さうは、この内へ山崎辺からかるといふ女が勤めに来て居る筈だが、お前には御存知ねえか」
「エヽ何ぢや知らぬが、用があるなら勝手へ往て問うて下さんせ」
「サア、さうは思つたが、勝手も何かゴタゴタと忙しさうだ。さう言はずと、御存知ならどうか教えてくれろ」
「エヽ知らぬわいな」
「これはしたり、すげねえ女だな、さう言はずとちよつと教えてくれろ、御女中、どうか教えてくれろ、わりや妹でねえか」
「お前は兄様、恥しい所で逢ひました」
と顔を隠せば、
「苦しうない、苦しうない。関東よりの戻りがけ、母人に逢うて詳しく聞いた。お主の為、夫の為、よく売られた。ムヽでかいた、でかしたナア」「さう思ふて下さんすりや、わしや嬉しい。したがまあ喜んで下さんせ。思ひがけなう今宵請け出さるゝ筈」
「それは重畳(ちょうぢょう)。シテ何人のお世話で」
「お前も御存知の大星由良助様のお世話で」
「何ぢや、由良助殿に請け出される。それは下地からの馴染みか」
「なんのいな。この中より二三度酒の相手、夫があらば添はしてやろ、暇が欲しくば暇やろと、モ結構過ぎた身請け」
「さてはその方を早野勘平が女房と」
「イエ、知らずぢやぞえ。親夫の恥なれば、明かして何の言ひませう」
「ムウ、すりや本心放埒者。お主の仇を報ずる所存なねえに極まつたな」
「イエイエ、これ兄様、あるぞえ、あるぞえ」
「あるとは何が」
「サア、高うは言はれぬ。コレ、かう、かう」
と、囁けば、
「待て、待て、待て待て、ソーレ」
「アー」
「ムウ、すりやその文確かに見たな」
「残らず読んだその後で、互ひに見合はす顔と顔。それからぢやらつき出して、つい身請けの相談」
「アノ、その文残らず読んだ後で」
「アイナア」
「ムウ、それで聞こえた。妹、とても遁れぬそちが命、身どもにくれよ」
と抜き打ちに、はつしと切れば、ちやつと飛び退き、
「コレ兄様、わしには何誤り。勘平といふ夫もあり、きつと二親あるからは、こな様の儘にもなるまい。請け出されて親夫に、逢はうと思ふがわしや楽しみ。どんな事でも謝らう、許して下んせ、許して」
と、手を合はすれば平右衛門、抜身を捨てゝ、
「可愛や妹、わりや何も知らねえな。親与市兵衛殿は六月廿九日の夜、人に切られてお果てなされた」
「ヤア、それはマア」
「コリヤ、びつくりするな、びつくりするな。まだ後にびつくりの親玉があるわい。われが請け出されて添はうと思ふ勘平はな」
「勘平さんは」
「その勘平は」
「勘平さんは」
「勘平は、勘平で、やつぱり勘平だわい」
「エヽ何の事ぢやぞいな。エヽ聞こえた、そんならあの勘平殿にはよい女房さんでも出来たのかえ」
「エヽイ、そんな陽気な事ちやねえわい」
「そんなら兄さん、勘平殿はえ」
「その勘平はな、腹を切つて死んだわやい」
「エヽ、オヽ、ムヽヽヽ」
「アヽ道理だ道理だ、その驚きは尤もだ。ガこれには、何だ、様子のある、アヽしまつた、コリヤ妹が目を廻した、てつきりさうであらふと思ふた。アヽ仲居衆、仲居衆、女郎が目を廻した、水を持つて来てくれろ、水を持つて来てくれろ。エヽ誰も居ねえと見える、幸いの手水鉢、アヽ水を今くれるぞ。ソーリヤ水だ。おかるやーい、妹やーい、気が付いたか、気が付いたか」
「オヽ兄さん」
「オヽ兄だ、平右衛門だ、面を見ろ面を」
「コレ兄さん、勘平さんはどうさしやんしたえ」
「チエヽ情けねえ、又尋ねるのかやい。その勘平はな、友朋輩の面晴れに、腹を切つて死んだわやい」
「ヤアヤアヤアそれはマアほんかいの。コレのうのう」
と取り付いて、
「コレ兄さん」
「ムヽ」
「どうせう」
「道理だ」
「どうせう」
「道理だ」
「どうせうどうせう、どうせうぞいなあ」
「尤もだわやい、尤もだわやい。様子話せば長い事、お痛はしいは母者人、言ひ出しては泣き、思ひ出しては泣き、娘かるに聞かしたら泣き死にかなするであろ、必ず言つてくれなとのお頼み。言ふまいとは思へども、とても遁れぬそちが命。サその訳は、忠義一途に凝り固まつた由良助殿、勘平が女房と知らねば請け出す義理もなし。ガもとより色にはなほ耽けらず、見られた状が一大事、請け出だし刺し殺す思案の底と、確かに見えた。よしさうのうても壁に耳、他より洩れてもその方が科、密書を覗き見たるが誤り、殺さにやならぬ。人手に掛けよりわが手に掛け、大事を知つたる女、妹とて許されずと、それを功に連判の、数に入つて御供に立たん。小身者の悲しさは、人に勝れた心底を、見せねば数には入れられぬ。聞き分けて命をくれ、死んでくれ、妹」
と、事を分けたる兄の詞、おかるは始終せき上げ、せき上げ、
「便りのないは身の代を、役に立てゝの旅立ちか、暇乞ひにも見へそなものと、恨んでばつかりをりました。勿体ないが父さんは非業の死でもお年の上。勘平殿は三十になるやならずに死ぬるのは、さぞ悲しかろ、口惜しかろ、逢ひたかつたであらうのに、何故逢はせては下さんせぬ。親夫の精進さへ知らぬは私が身の因果、何の生きてをりませう。御手に掛からば母さんがお前をお恨みなされましよ。自害したその後で、首なりと死骸なりと功に立つなら功にさんせ。さらばでござる兄さん」
と、言ひつゝ刀取り上ぐる、
「ヤレ待て暫し」
と止むる人は由良助、
『ハツ』
と驚く平右衛門、おかるは、
「放して殺して」
と、焦るを押へて、
「ホウ、兄妹共見上げた疑ひ晴れた。兄は東の供を許すぞ」
「ハヽア」
「妹はながらへて、未来への追善」
「サア、その追善は冥途の供」
と、もぎ取る刀をしつかと持ち添へ、
「夫勘平連判に加へしかど、敵一人も討ち取らず、未来で主君に言訳あるまじ。その言訳はコリヤこゝに」
と、ぐつと突込む畳の隙間、下には九太夫肩先縫はれて七転八倒、
「それ引き出だせ」
の、下知より早く平右衛門、朱に染んだ体をば無二無三に引き摺り出し、
「ヤア九太夫め、テ良い気味」
と引立てゝ、目通りへ投げ付くれば、起き立たせもせず由良助、髻を掴んでぐつと引き寄せ、
「獅子身中の虫とは己れが事。我が君より高知を頂き、莫大の御恩を着ながら敵師直が犬となつて、ある事ない事よう内通ひろいだな。四十余人の者共は、親に別れ子に離れ、一生連れ添ふ女房を君傾城の勤めをさするも、亡君の仇を報じたさ。寝覚めにも現(うつつ)にも、御切腹の折からを思ひ出しては無念の涙、五臓六腑を絞りしぞや。取り分け今宵は殿の逮夜、口に諸々の不浄を言ふても、慎みに慎みを重ぬる由良助に、よう魚肉を付き付けたな。否と言はれず応と言はれぬ胸の苦しさ。三代相恩の御主の逮夜に、喉を通したその時の心、マどの様にあらうと思ふ。五体も一度に悩乱し、四十四の骨々を砕くる様にあつたわやい。チエヽ獄卒め、魔王め」
と、土に摺り付け捻ぢ付けて、無念涙にくれけるが。
「ソーレ平右衛門」
「ヘーイ」
「喰らひ酔うたその客に、加茂川でナ」
「いかゞ計らひませう」
「水雑炊を喰らはせい」
「ハヽア」
「行け」
「ヤ、シテカイナ」