誰のために願うのか | アルツフルデイズ

アルツフルデイズ

アルツハイマー型認知症になった実母のことと、
アラフィフ主婦の日常をあれこれ書き連ねます

絵なしのワフウフの呟きです。
興味のない方はスルーしてくださいね。



ワフウフもなーにゃんも、とても大人しく手のかからない赤ちゃんだったという。
というか、ワフウフなんて体が弱かったなーにゃんの面倒をみるためにあーちゃんの実家に長いこと預けられていたらしいし。

まあ、乳飲み子の時の記憶はまったくないけれど、幼稚園に上がる前にはあーちゃんは忙しいからうるさくしたらいけない、と理解していたのは覚えている。
大人しくて手がかからないのではなく、子供ながらにあーちゃんの様子をうかがって大人しくしていただけだろうと思う。
幼い頃はもちろん甘えたい気持ちはあった。だけど、
「あーちゃーん♡」
と子供らしく後ろから抱きつくワフウフやなーにゃんを、あーちゃんは容赦なく
「暑い!べたべたしないで!」と振り払った。
「子供を育てるのは義務よ!可愛いと思ったことなんかない!」
とも何度も言われた。
ワフウフはだんだんあーちゃんに甘えることはなくなった。

小学校3年生くらいになると、あーちゃんに対してどうしていつもあんなにイライラしているのだろう、どうしてあんなにいつまでも怒っているのだろうと思っていた。
イライラしながら、何にでも口出しして何もかも自分の思い通りにしようとするあーちゃんが大嫌いだった。



だけど、結婚して家を出ると、少し距離が出来ることであーちゃんとの関係はマシになって、ワフウフの子供達の存在もあり和やかに付き合えるようになった。
 


そこに来て、あーちゃんの認知症発覚。
みるみるうちに色々なことが分からなくなり、出来なくなり、弱々しく娘たちを頼るあーちゃん。
悲しい気持ちになる。
元気になってほしいと思う。しっかりしてほしいと思う。
だけど、「私の大好きな元どおりのお母さんに戻ってほしい」と思っているわけじゃない。だって元どおりのお母さんはずっと大嫌いだったから。

そうすると…

元気になってほしいと願うのは、
あーちゃんの為というよりも…自分の為なんじゃないかと思えてしまう。
自分があーちゃんの面倒を見るのが大変だから、あーちゃんに元気になってほしいと願うのか?

弱々しく頼りなげになってしまったあーちゃんを見て悲しくなるのは本当の気持ち。
でも、子供の立場から母親としてのあーちゃんが許せないと思うのも本当の気持ち。
そして、許せないと思っているのに介護をしなければならない今の状況にやるせなさを感じるのも本当の気持ち。

親への愛情に確信を持てないまま、
人として、子供としての義務であーちゃんを介護するというなら、
義務で可愛いと思わずにワフウフたちを育てたあーちゃんと何ら変わりないよね…。



もちろんあーちゃんに早くお迎えが来て欲しいとは思っていない。
でも、たんたんも含めて親のことにこれ以上関わるのはごめんだ、逃れたいとは思ってしまう。
薄情な娘でごめん。




にほんブログ村 介護ブログ 認知症へ
にほんブログ村