10月初めの旅、つづきです。
岳温泉の2泊が終了。
名残惜しい、良い湯だった。
3日目、帰る日。
宿の送迎で二本松駅へ。
◆
新幹線は午後なので
それまで二本松城跡を見学。
城跡までのバスは無い。
レンタサイクルも考えたが
返却したい時間に、貸出所が昼休み![]()
![]()
タクシーで
一番上の駐車場まで。
そして徒歩で少し上れば本丸跡。
戊辰戦争で二本松城は落城。
凄まじい切腹の仕方…。
本丸から下りて行く。
(網?で保護されてますが)
二本松城で最も古い石垣の1つ。
古式「穴太積み」
石積み技能者集団が居たとの事。
さらに下って行く。
今も湧水を溜めている
「日影の井戸」
館と館の連絡通路。
ずいぶん細道。
また供養碑がある。
戊辰戦争…
二本松藩の戦死者337名。
主戦論者3名が責任を取り切腹…。
道は歩きやすい。
茸?![]()
「布袋滝」
水が豊富。
だいぶ下に降りてきた所で
菊の展示。
「菊花展」開催中だった。
もっとたくさん並んでいたけど、
まだ咲いていなかったので省略。
規模縮小の為、
菊人形はほとんど無く?
品評会メインだった模様。
(有料エリアは見ておらず詳細未確認)
だいぶ歩いた。
昭和に増設の滝前で一休み。
良い雰囲気。
「相生の滝」
自然地形を利用して作られた。
江戸時代から安達太良山の水を引き
城内・城下の用水に利用していた。
出入口付近には赤松の古木群。
樹齢350年超えも。
箕輪門(正門)
昭和57年復元。
×は二本松藩の家紋
「 直違紋(すじかいもん) 」
そもそも江戸初期に造成の城門。
(当時の)十万石大名の威容を示す。
二本松少年隊の像。
(当時、隊名は無い)
戊辰戦争で13~17歳の少年が出陣。
14名戦死。
生き残った少年の回顧談の一部。
「藩の為に戦うは、武士の子として当然」
(二本松市発行のパンフレットより)
…胸が痛くなる。
戊辰戦争関連、読み直したい。
技術の結晶を目の当たりにし、
散策路としても素晴らしい
二本松城(霞ヶ城)跡だった。
つづく
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芹沢友綺
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