こんにちは赤薔薇
Kotoeです。


マドプロきっかけで毎日なにかしら
行動するようになり、
考えすぎでなかなか腰の重かった私が
少しずつ軽やかな体質に変わりつつある。

自撮り8日め


そんななかでの大きな気づき。


「軽やかな人は、与えられる人」。


行動の量が増えると、そのぶん人に
何かを与えられるようになるようだ。


他人に親切にしたり、アドバイスしたりと
行動のベクトルが他人に向いているものは
言わずもがな「与える行為」だよね。


でも、自分にベクトルが向いている
行動すらも、実は人のためになるらしい。


たとえば、私はブログを書くことで
自分の考えを整理している。
キレイになりたくて、筋トレや
ストレッチも始めた。
Stay Homeを楽しめるように
ルームウェアも新調した。


全部自己完結の自己満足。


でも、自己完結は続くと飽きてくるのだ。


すると、ブログなら「いろんな人に
読んでほしいな」と思うようになって、
日記的な記事ではなく
役立つ記事を書こうとするようになるし、

筋トレやストレッチを続けていると
その成果をシェアして、誰かに
「いいよ!」って勧めたくなってくる。

いいルームウェアが手に入った日には、
彼にそのかわいい姿を見せて
喜んでほしくてしょうがない。


自分のための行動は、続けていくと
誰かのための行動に変わってくる。
つまり、思いの先が自分であったとしても、
行動量が増えるほど、自然と
与えられる人になるという仕組みらしい。


もう少し深掘り。


では、「与える人」になるとなにがいいのか?


人は他者に与える=貢献することで
幸せを感じられるようにできている。
これは昔から言われていることで、
哲学、宗教、ビジネスすべてにおける
共通認識でもある。


つまり、「与える人」になるということは
「幸せを感じやすい体質」に
なれるということだ。


パートナーに感謝の気持ちをいつも
伝えている人は、そうでない人より
幸福感がありそうでしょ?


幸せだから感謝を伝えているんじゃなくて、
感謝を伝える習慣があるから
幸せを感じられる。順序が逆なのだ。



私はサラッと行動できる
軽やかな人になることで、誰かに
貢献する実感を持ちたかったのかもしれない。
幸せになりたかったのかもしれない。


そんな深層心理に気づいて、昨日
頭がパッカーンとなった!
ようやく自分の目指す「軽やかな人」の
理想像が完全に府に落ちた感覚がある。


これに気づけばもう迷うことはない。


行動したせいで失敗することもあるかも
しれないけど、その失敗も誰かに話したり
ブログのネタにしたりと、何かしらの
行動に転換すれば、
誰かのためになるかもしれない。


行動する限り、失敗すら幸せの種になる。


もともとの私みたいに、
考えすぎで行動に移せない人、腰が重い人は
そう考えれば心が軽くなるはず。


軽やかな人は、与える人。


行動も、失敗も、怖くない。