思考の学校 の
3ヶ月講座 を
受講していました。
1月から はじまって
今月 終わりました。
感想としては
ちょっと 大変だったけど
受けて
本当に よかった でした。
大変だった というのは
ネガティブな感情 に
向き合っていくので
見たくなかったり
うんざりしたり……
自分のことを
ちゃんと 見つめて
だから
変えていけるところに
気づけたり
という 感じだったので
途中 息切れ
しちゃったりもしました……
怒り や 心配 や 不安 とか
そんなに 進んで
見たいものでもないし
自分では 気づいていないことも
たくさん あったりして
わ…… (꒪⌓꒪)
って なったり
でも、そこを超えることで
軽くなることも 分かっていて
スピリチュアル的 な
言い方をすると
ネガティブな 周波数 を
手放せるので
変わることもあるので
ちょっと
がんばって
よかったかな。。と
うまく伝えられるように
書ける 自信 がないのですが
私も含めて
受講生 の みなさん
それぞれ が
思考 を 見直して
色んな変化 をしていくのを
目の当たり にしていくと
思考 を 見直すことで
病気 が 治ったり
天候に左右されるようなお仕事 でも
大丈夫 になっていったり
というのが
すごく 腑に落ちてきました。
人 って
知らず知らず
やってることが
本当に たくさんあって
そこを 丁寧に
意識的に
見直していくことって
そうある機会 ではないのかも。。
そんなふうに感じた
3ヶ月でした。
色んなことの
意味もわかってくるし
本当に 気づかない
イライラも 減って
より 快適になるのは
まちがいないかも。。
春休み に入って
子ども と 通っていた
支援センター の
大好きな先生 が
お引越しのために
退職されることを 知って
子ども に
「 お手紙 を 書いたら? 」と
進めたり
なにか
小さなプレゼント を
送りたいな と
子ども と 一緒に
いちご柄 の ハンカチ
を 選んだり
そんな準備 もして
一番最後の日 に
遊びに 行って
ちゃんと 渡せて
ちょっと
お話もできました。
先生 は
本当に ステキな方で
「 わあ〜(*ノωノ)キャ かわいい♡
〇〇ちゃん 選んでくれたの?
いちご 好きだったよね 🍓
いっぱい 使っちゃう♡」
とか 言ってくれるので
こっちが キュンとしてました
(,,,・-・,,,)➳♥キュン
だけど
話し足りない というか
先生に ちゃんとお手紙 を
書かれてたママ とかもいらして
それを 渡されてるところを
目にした時に
私も ちゃんと お手紙でも
書いてたらよかったかな と
思ったりしました。
あとで
もう渡せる機会 もないと
わかっていたのですが
思考の勉強 もしているところで
どんな感情 にも
向き合うのが
大切ということも
分かっていたので
ちょっとだけ
お手紙 を 書いてみると
そこに出てくるのは
だいたい 4年前
子ども が 1歳になった頃
九州 から 関東 に
引越してきて
すぐに コロナが はじまって
引越しの片付け とか
車の運転 とか
色々 落ち着きはじめた
子ども が
1歳半くらいの時 から
お世話に なりはじめて
知り合いの人も いない中
その 支援センター は
私にとっては
本当に 心のよりどころ だったこと
いつも あたたかく迎えてくれて
疲れてる時は
「 ゆっくりしていっていいよ 」って
子ども と 代わりに遊んでくれて
ちょうど
コロナだったこともあって
来る人の 人数 が 制限されてた分
とても 手厚く
もてなして
もらっていました。
そんな中 で
退職された 先生 は
いつも明るくて
本当に 子どもが好きなんだな と
伝わってくる
とても ステキな先生 で
お話 や お歌 も
本当に上手くて
毎回 その声 に
いやされていました。
私は 出産のあと
ちょっと 産後うつ のような
感じになったことも
あったのですが
徐々に 元気を
取り戻していけたのは
その 支援センター や
先生たちの おかげも
あったように感じていて
そんなことを
思い出して
涙が止まらなく
なってしまいました。
ひなたぼっこ
という 名前の 支援センター
なのですが
本当に いつも
ひなたぼっこ させて
もらっているような
心地よさの中 で
いつも 変わらず
やさしく あたたかく
見守っていただいていて
私にとっては
本当に かけがえのない
大切な時間 でした。
だけど
こんな思いは
なんだか ちょっと
伝えるには
重たすぎるようにも
感じてしまって
うまく向き合うことも
できずにいたんだな と
思いました。
そんなことをしていたら
自分 がコロナ に
かかったりしちゃって
その間は
意識的に
いろんなことを 考えたりは
できなかったのですが
ゆっくり休んでいる間
また いろんなことが
浮かんできたりしました。
私は 姉を
先に亡くしているのですが
母 が 姉のことを
「 遠くへ お嫁に行ったと思ってるの 」
と 言っていたことを
思い出したりしました。
それを 聞いた頃は
ただ「 そうなんだ…… 」と
いうくらいに
思っていたのですが
今回
そのことを 思い出して
思ったのは
母 は とても
捉え方の ステキな人
だったのではないかな
と いうことでした。
というのも
私は 母の人生 を
「 幸せだったのかな 」と
思っていました。
理由は
姉を 先に亡くしてしまって
私は私 で
きっと
そんなに 母の理想の子 では
なかっただろうな と
自分でも 思っていたみたいで
そんなふうに
思っていたことにも
今回 はじめて
気がつきました。
私は 結婚 も遅くて
母にとっての 孫 を
見せてあげられたのも
1年にも 満たない期間 で
ずっと 心配を
かけてたんじゃないかな とか
でも、母は
結婚を 急かすようなことを
言ってきたことはなくて
「 1度くらい やってみても
いいんじゃない?」とか
いつでも
戻ってきてもいいよ という
スタンス で いてくれたことも
思い出せたり
だから
結婚 も 出産 も
遅くても
意識的 には
自分のことを
責めているように
思ったことがなかった
とても
優しくて ステキな人 だった と
改めて
思うことが できました。
自分のこと を
もうちょっと
大切に思ってあげないとな と
思えたのと
同時に
母は 母で
姉 と 私 が
理想的な子
ではなかったとしても
自分の子を
できうる限り育てて
ずっと 見守ってくれていた人生
だったとしたら
捉え方の とてもステキな
本当に 優しい人 の 人生 を
私は
近くで ずっと
見せてもらえていたのかな と
いう気もして
そう思うと
「 母の人生は幸せだったの?」
という疑問が
母のことを
下に見てしまっているような
失礼な視点
だったのかなという気もして
申し訳なく
思えたりもしました。
いろんな
捉え方 が 変わっていくだけで
心のあり方 が 変わって
現実 も 変わっていったりします。
私の 今回の 気づきなんかは
すぐに
目に見えて
わかりやすく結果が出る
ようなものではない
かもしれないけれど
これから先 の
選択 に なにかしらの影響を
与えてくれて
きっと 幸せな選択 に
つながってくれるのかなと
思いました。
私 個人としては
気づきの多かった期間 で
視点 が また
だいぶ 変わってきたかな
という感じだったのですが
思考 の すごさ を
目の当たりにできた
3ヶ月 でもあったので
そんなことも
ちょっとだけ
次回
書いてみようかなと
思います。。
書ける範囲 で …… ( ˊᵕˋ ;)










