久しぶりに
「天国と地獄」の話を
目にする機会がありました。
こんな感じのお話です☟☟☟
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「地獄と天国の違いは何か?」
それを知りたくて
両方を見に行った青年がいました。
まずは
「地獄」に行ってみると
自然も豊かで
意外とステキなところでした。
ですが
住んでいる人たちは
ガリガリに痩せていて不幸そうです。
見ていると
食事をする時
とても豪華な食事が並んでいるのですが
手にしているのは
1メートル以上ありそうな長い箸です。
腕より長い箸を
口に運べるはずもなく
食べることができずに
ガリガリに痩せていたのでした。
次に
「天国」に行ってみると
とてもステキな場所で
不思議なことに
「地獄」とそんなに変わりません。
ですが
住んでいる人たちは
とても艶やかに健康そうで
幸せそうでした。
「何が違うの?」と見ていると
食事の時
これも地獄と同じで
とても豪華な食事に
長い箸。
ですが「食べ方」は
違っていました。
その長い箸を使って
向かいの席の人と
交互に食べさせてあっていました。
「状況は同じなのに
一人で食べようとするのか
分かち合おうとするか。
それだけで世界は
こんなにも変わるものなのだな…」
そう思って青年は
帰って行きました。
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以前
この話を聞いたのは
20代のころ
お世話になっていた
会社の研修ででした。
「一人でやろうとするよりも
みんなと協力した方が豊かにできるよね」
という感じで
教わったと記憶しています。
その時は
「なるほどなぁ…」と
おもしろい話だなと思っていました。
今回
久しぶりに読んでみて
ふと思うことがありました。
みんなが使っている
「1メール以上ありそうな長い箸」
これってなんとなく
その人の
「個性」のような
気がしました。
お話の中では
たぶんみんな
同じような箸を使っているのかも
しれないのですが
ちょっと設定を変えて
( 変えるの??? (゜_゜) )
「1メール以上ありそうな
(自分ではなかなか食べられない)
色んな重さや形の
(色んなタイプの)
自分が元々持っている箸」があったとして
それは
「使い心地」として
「扱いにくいもの」
ではあるけれど
練習していけば
「人に食べさせてあげられるように」
ちゃんと使いこなせるようになるもの。
これって
「みんな同じもの」を使うことが
「みんな同じように」することが
美徳で常識のような場合
個性は
みんなと同じではないもので
みんなと違うことなので
本人としては
なかなか受け入れられないかもしれない。
今回
この話を聞いて思ったのは
別に「独り占め」しようという
意識ではなくても
たとえば
その状況の中で
「どれかひとつの箸を
とても器用に使いこなせる人」がいて
( けっこう神業だとは
思うのですが… (*゚Д゚)オォォ...)
その人が使っている箸を使うのが
「効率がいい」とか
「理想」みたいになっていたり
もしくは
実は天国が意外と近くにあって
だけど全部は見えなくて
食べている「顔周り」辺りが
見えていて
「他の人に食べさせてもらっている」
ところは見えていなくて
そんなこと考えもつかなくて
「自分で食べるのが普通なんだ」という
勘違いをしたりして
「それが素晴らしいよね」という
「価値観」や「理想」になってしまった場合
その
「元々持っている
使いづらい箸」という
「個性」をそのまま
受け入れることができなくて
みんな必死に
「同じものを使わなくては」と
「一人で全部やらなくては」と
そこにしか
焦点が当たっていなくて
結局「できない」場合にも
似たようなことは
起きてしまうのかも。。。と
思いました。
日本の人たちは
けっこう
みんな優しいし
「独り占めしたい」という
気持ちなのではないとしたら
こちらの方が
しっくりきそう…と思いました。
設定も変えちゃってるし
分からなかったらすみません m(*_ _)mゴメンネ
…続きます🍀
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とてもステキな講座です。
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