盛岡食いしん爺日記
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仕事が一段落して数日。
まだまだ疲れが残る。
若い頃は、一晩ぐっすり眠れば元気だったが、今はそうはいかない。
10月半ばから年を跨いで2月中旬まで。
我ながらよく働いた。
と言っても昨年は年が明けてから晩秋まで気楽な日々を過ごしていた。
急にギアが上がると余計に疲れてしまう。
国道46号線を西へ走り、
トンネルや橋を幾つも越えて奥羽山脈を一気に突きった。
最後のトンネルの路は緩やかに下る。
抜ければすぐ「仙岩峠の茶屋」。
The Fall Of Love · Wynton Kelly, Paul Chambers & Jimmy Cobb
もうすぐラストオーダーの時間だ。
窓際の席へ。
スキーに夢中だった頃、
田沢湖スキー場は眼下に田沢湖を見下ろす絶景で、
シーズンに何度も滑りに来た。
そして、よくここに寄った。
甥っ子兄弟が小学生の頃、
スキーをしにつれて来たことがある。
ここに寄り、おでんを食べた。
下の子が、
「なんだおでんか・・・」と淋しげな顔。
そう言わずに食べてみてと言った。
おでんを目の前にすると、
「わぁ~染み染みだ、中まで染みている」と食べ始めた。
あっという間に食べ尽くした。
もう彼らも社会人で責任のある世代に入っている。
きっと、ここのおでんの味を覚えていると思う。
席に着くと秋田方面へ「こまち」。
慌ててカメラを取り出し眼下に向けた。
スキーが年に1度ぐらいのペースになってからは、
雪の季節に来ることは殆どない。
かなり久し振りの冬の仙岩峠の茶屋。
窓の外は墨絵の様に美しい。
おでんが来た!
仙岩峠の茶屋の名物の甘口おでん。
夕陽を浴びている。
しばらく見惚れていた。
仙岩峠の茶屋は、昭和41年に創業。
当時は旧国道の峠にあったが、
昭和50年頃だろうか、国道46号線が整備され今の場所に移転。
店の中の壁には当時の写真が貼られている。
「写真を撮っていいですか?」
と店の方に聞くと、
「どうぞとうぞ、写真には50年と書いてますが、それから10年です。」
もう60年が過ぎている。
写真の青い「ファンタ」の看板が時の流れを物語る。
確か、砂埃舞う砂利道だった気がする。
芯まで出汁が染みた飴色の大根。
熱々で口の中で崩れてしまい溶ける感じ。
とても美味しい~
甘口のおでんだが、心地よい甘さなのだ。
先ほどまでテレビカメラが入り、お客さんにインタビューしていた。
その後に若いカップルが来た。
すると、また「こまち」が見えた。
二人は慌ててスマホを取り出したが、
間に合わず見つめ合って笑っていた。
そんなことも楽しいのだ。
中華そばが登場。
ここに来るとおでんと中華そば。
殆ど同じ。
昔ながらの懐かしい味の中華そば。
丁寧に手間をかける作り方や甘口だしは先代から引き継がれている。
きっとおでんも中華そばも、
あの写真の頃と殆ど変わらない味なのだろう。
う~ん、美味しい!
会計しながら店の方と少し話した。
「変わらずに美味しかったです~」
「ありがとうございます。どちらからですか?」
「盛岡です」
「そうですか、盛岡方面から来るお客さんが多いんです」
地元の中学生が地域おこしのテーマで、
何処から訪れたのかを調べたそうだ。
すると、7割が盛岡方面で意外だったと言う。
テレビの取材は、NHKの人気番組だそうだ。
店が閉まる間際、家族連れが段ボールに入れるほどおでんを買って行った。
乗り込んだ車のナンバーを見ると岐阜だった。
盛岡へ帰る前、田沢湖高原の方に向かってみた。
駒ケ岳の山麓に広がる田沢湖スキー場のゲレンデ。
頂上からコースの線を引けるほど滑りに来た。
今は、靴を履きスキーセンターに行くまでに疲れてしまう。
田沢湖高原にある水沢温泉の駐車場はいっぱいで、
温泉に入りたい思いをこらえて帰路に着いた。
陽が沈んだ空は、春の日の様な夕焼け。
日毎に春は近づいて来ている。




















