25年前、74歳の娼婦が横浜から姿を消した。
ヨコハマメリーが再上映されるそうで、この本を思い出した。
結婚後、戦争が始まり軍需工場で働きますが、人間関係で自殺未遂をおこしました。
それが原因で離婚となり、戦後は関西へ働きに出ます。子供は居ませんでした。
その後、メリーさんは横須賀から横浜へと流れます。
生きていく為に身体を売りながら、メリケン波止場で来航する船を待ち続けたメリーさん。
将校を待っていたのかな…
どのパンパン屋にも属さず、外人相手のパンスケをしていたメリーさんは、誰の庇護も受けず一匹狼だったらしいです。
当時は薄化粧で美人で品があり、派手で目立ち過ぎてたメリーさんは同業者からは、よく思われてなかったそうです。
こんな人が仕切っていた時代
「洋パンのボス」のミス ジュン
映画「肉体の門」そのものだと思います。
メリーさんは将校以上の人しか相手にしなかったそうです。アメリカ兵が少なくなると日本人のお客もとったそうですが、きちんとした身なりのお金持ちそうな人にしか声を掛けなかったそうです。
生活が苦しくなると宿にしていたラブホテルを出てホームレスの街娼に。
本人を撮ったドキュメンタリー映画は途中で中止になり、テープさえ不明だとか。
74歳まで娼婦を続けた事も、横浜にこだわり続けた事も、メリーさんの胸の内は今となってはわかりません。
けれど、将校と別れたあの時のまま、白いドレスに白い日傘で歩いていたメリーさんを想像すると、メリーさんの心はその時代で止まっていたのではないかと思います。
特異な人生を歩んだメリーさん。
引き際に娼婦を去れなかったメリーさん。
ある意味戦争犠牲者の1人なのかもしれないです。






