正解を与えてもらいたい・・ | 彩色兼美ーさいしょくけんびー

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生年月日よりわかる【あなたの生まれ持った資質・人生の流れ】鑑定セッションをご提供しております。

日々、講座やセッション等で

算命学に触れていますが

「私が解決できることはない」

と、つくづく思います。

 

 

これはお庭のヤマモモ。今年も豊作。

 

 

 

 

 

こういうケースはどう思いますか?

とか

こういう時はどう考えたらいいですか?

など

問いかけられることがあります。

 

そこで、算命学というツールを

用いる上での、私なりの今現在の答えを

お伝えすることがあるのですが

それが誰にとっても正解なわけでは

当たり前だけどない、のです。

 

 

特に、鑑定する側ともなれば

ご自分でご自分なりの答えを

掴んでいかないといけないわけで

それは、時に出口のない世界で

ぐるぐると目の回るような思いにも

なったりする。

そういうこともセットで

引き受けないといけない類のことです。

 

 

セッションを受けてくださる方達も

最終的には、ご自分で

考え、掴んで、生きていっていただくことに

なるわけで(当たり前ですが)

 

他者の人生を背負うことは

私にも誰にもできず

してはならず

自力で歩いて行っていただくことを

見守るしかない。

 

 

これは占術という世界のことに

限らずでしょうけれどもね。

 

 

そういう意味で

私たちはとても非力です。

自分の非力さを見つめながら

できることを

細々と手繰り寄せていく。

いき続ける。

 

 

 

 

また、算命学が

とても力量のある占術だからこそ

正解を与えてくれそうなものに見えてしまい

使い手の自分が飲み込まれてしまったら・・

 

それはとても危ないことだとも

思ったりします。

 

問われますね。

自身の在り方がね。

 

 

 

なので過剰に

役に立ちたい、と思いがちな人には

あまりおすすめできないものなのかな

なども思う。

 

身体の師匠がおっしゃってた。

指導者になりたいなりたいと思う人には

させないのだ、ということを。

なんと含蓄のある言葉だろう。