これからの時代ますます、ハッキリと言えるのは
​なんか惹かれてしまうという心に従う生き方
​

それなりに成功している。
恵まれてもいる。
周りからも羨ましがられる。
​幸せも感じてる

それはわかってる。
​


でも、ふと思う瞬間がある🤔
​


私の人生、これでよかったんだろうか、
本当に、このままでいい?って。
​
 

それとも、こんな感じかもしれない。
​
 

なんだかいっつもうまくいかない、

あの人みたいに。。。。。と感じながら生きてきた。
​
 

いろいろ学んだ。試した。でも、なんか掴めない。
​それどころか、なんかおかしい、という感覚がある。
​もっともっと豊かになってもいいはずなのに。。。。

 


どちらであっても、共通しているものがある。


​
自分の生命の感覚と、
実際に生きていることが、
どこかずれている
のです。
​
その感覚に、正直になってみて。
(そもそも感じてもいないかも)


​
もし、ずれてなければ、
私に生まれてよかったな、本当に毎日サイコーって思うから。

 

 


​掴めない理由は、方法が足りないからじゃなくて
​
「知らないものを手に入れようとしている」から。
​
本当のことはどこか遠くにあるんじゃないのです。
​

 

ただ、思い出すもの✨


​

(毎日のびのび生きてるかしら?)

 

 


私は小学6年生から、強い自己否定が始まりました。

​
今思えば無自覚だったけど、
自分が人と違うことを受け入れられなかったのだと思います。
いつも、みんなとなんか違っちゃうからw

​
子供の頃は天真爛漫に生きていたのに、
思春期に入って、この自分がダメだと思い始めた。

​


21歳から17年、過食嘔吐が続きました。
その最中で離婚して、メンタルはぐちゃぐちゃだった。


​
 

これも当時は全部無自覚で、今だからわかることだけど私は結局、

生命感覚の方が強くって、選択するときはその感覚で決めている。

感じることも、選ぶ道も、いつも多くの人とは違いました。

 


​
でも頭の中の自己否定だけがガンガンと鳴り響き、

その乖離に苦しんできたんだなと今ならわかります。


​
一般的な幸せや成功のルートが合わないけど、

それをダメだと思って矯正しようとしたから、ぐちゃぐちゃになったのでした。
​


 

だから、今ここまできて思うことは。

 


​
変わる必要なんてなかった。

戻るだけでよかった。


​
私はシングルマザーになった時、いちばんメンタルはひどくって
このままじゃ子3人の供たちを育てられない、
何がなんでも変わらなくては!
と思って、 意識の仕組みを学び始めたのでした。
​


でも、結局は何かをやったからというよりも
結局は生命がこれだ!と選んだものを繋いできたら
今ここに来た、という感覚。


​
全てが絡み合って、この生命の真理の感覚に
たどり着いたなとおもっています。
​


そして今この地点から言えることは
​この感覚は、もともとあったものだ。ということ
​


学べば学ぶほど、
わかればわかるほど、
実践すればするほど
あれ?私が元々あった感覚のこと????って思うことが多かった。
​
 

身体ワークをするのは、新しい何かを手に入れるためじゃなく
もともとの状態を、思い出すためです。
​


この世界は全て、エネルギーでできています。


​
今この瞬間の自分のエネルギー状態が、現実を作っています。
思考じゃありません。感覚状態です。


​
私たちはエゴが作り出したストーリーの中を生きていて。
過去の記憶でできた「自分」という物語が現実だと思い込んでいる、
それは錯覚。
​
意識が作り出す現実のからくりに気づいた時、面白いほど変わります❣️
​



私は歌っていて、幸せで死んでもいいと思う瞬間があります。
​

ステージに立つと、自分でもよくわからないまま、
いろんなことができてしまう自分がいます。
​

セッションで、どこからともなく言葉が溢れてくる私がいます。
​

そういう時、
自分がなくなる感覚があり。
自分かどうかもわからなくなる。
そして自分がやったのかどうかさえ、わからなくなる。
​

これは、 エゴがなくなって、
存在そのものとしてそこにある状態。
​

これが怖いと思う人もいるかもしれない。それは、
私たちのエゴは「自分でやったという感触が欲しいから」
それが自分の存在価値だと思ってるから
​

でも、それがなくなったそのとき、
才能や、魅力や、存在そのもののエネルギー値はマックスになり
​目に見えないものとのシンクロも起こります
​
空の状態。 ゼロの状態。 良い悪いもなく、全てが一致している状態。
​
愛の感覚の場所。安堵の場所。自由の場所。
​
これはあなたがもともといた場所。
​
ないものを手に入れるという感覚にいる時
​
それは手に入らない
​
だから、思い出して、戻るのです。
​
ここまで言うと、誤解されることがあります。
​
「自分を生きる」という言葉は、一般的にもよく使われていて、
それで人間的に幸せに生きることはできます。いろんな表現だって、できます。
​
でも「自分らしく生きる」と言いながら、
本当の自分の生命の望みを叶えている人は少ないなと思っていて。
​
多くの人が「幸せだろう」と思うものと、自分の生命が本来望むものは、
違うんですよね。
​
それがよくわからなくなってる人は多い。
だからその先で、
​
私の人生、これでよかったんだろうか、このままでいい?
​
とか、なんだかどこかで自信がない。
​
なんて感覚が拭えないのです。
​
だからこそ、私が伝えたいのはその先の話です。

​
過剰なエゴが薄れた生命の状態
この意識領域から発せられたものが、
本質的なアート、芸術だと私は思っています。
子供が無心で描く絵のような。 計算も、戦略も、ない。
ただ、存在から溢れてくるもの。


​
そして、そんなあり方からの日常のコミュニケーション。


​
そういうものが、人の意識を変容させます。
癒したり、希望を持たせたり、 愛や自由や平和を思い出させたり。
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アーティストとして生きなくても、
そういう人がたくさん増えたら
世界はもっと変わると思い続け、
ずっとこういう活動をしてきています。

​
私は、天使も龍も見えません。
宇宙人も、小人も、見えません。
プレアデスもシリウスも、
次元上昇も、 正直よくわかりません。


​
でも、確かにあると知っているものがある。


​
自我や、魂の存在。 全ては一つであるという感覚。
愛の感覚。 静けさの場所。祈りの感覚。


​
スピリチュアル業界で語られるような神秘体験は一切ありません。
(でも、不思議なことは本当にたくさん起こります)


​
それでも、どうやら私が話していることは、そういうことらしい。


​
私の感じてきたことをそのまま話すと
そういう世界の話になるみたいで、でも、私にとっては凄く当たり前の感覚。
​


だからスピリチュアルの人って言われるのが よくわかんなかったし、
なんか違うんだよと言い続けてきた。


​
違いを出そうとしたけど、でももういいやと。


​
そういうのはよくわかんない、ということだけ話しておきたかった。
そんなことはぶっちゃけどうでもいいことなのです。


​
見えなくていい。 特別な体験がなくてもいい。


​
この感覚は、もっと静かで、もっと地味で、
でも、もっと確かなものだから。
​
ただし、正直に言うと、
​
この感覚で生きようと思ったら、中途半端だと苦しいです。


​
人間や社会が作ってきた概念を、たくさん超えなければいけないから。
感情のドラマを手放さなければいけないし。 被害者ではいられなくなる。


​
人は変わりたい、本当に自由になりたいと言いつつ、 

でも、実はここまでは望んでいない人も多いんだなということ。


​
それでも行きたいという欲がある人だけが進める、本当に自由な世界。
私もそこまで行きたい人と、これからは共にいたいと思っています。


​
この世界は、たどり着けば、本当に幸せで面白い。
​
あなたがもしこれを読んで、
​
「そこまで行きたい」と思ったなら、
​
会いにきてくださいね
​
あなたのことをずっと待っていた気がします。
​
「そこまで行きたい」と思ったなら

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