自分の変化を受け入れられないんだなぁ 父の介護で見えてきたこと  | 365日希望をもたらす天使の教え

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スピリチュアルガイド(ティーチャーガイド)から自動手記で受けとった愛と希望のメッセージをお届けしています。

 

 

「自分の変化を受け入れられないんだなぁ」と

朝起きて93歳の頑固で老いの進んでいる父のことがわかった。

 

昨日、やっとやっと

父に医師の往診を受けてもらうことができた。

 

一年半かかって

やっとやっと

 

とてもほっとした

 

肩の荷が降りたような

胸のつかえがとれたような

解放されたような

 

なんだか離婚した時のような

しみじみとしたうれしさがあった

 

自分一人でなんでもやりたい父

定期検診は全く受けない

大きな怪我でない限り医者にはかからない

 

「お父さんの希望するとおり

自宅に最後までいることのためには

救急車で運ばれて入院することがないように

医師につながらないとならないからさ」

 

「介護の認定を受けるのに医師の診断が必要なの」

そう伝えても耳を傾けることはなく

 

「ほっといてくれ」と怒鳴り

兄も私も何度も負けて引き下がってきた。

 

常に穏やかだった父はいずこへ

変わってしまった親とどうやっていったらいいのか難しかった

 

 

去年は、うつ状態になった私でした。

父と顔を合わせると気が沈む。

 

かといって、

自分の食べるものを自分で手に入れることのできない親を

放っておくわけにもいかない

兄に協力を頼んだ。

 

 

そのうちに

「これは父と私の新しい関係なんだ」とわかってきた。

 

自分の中の親と子の関係は過去の古いもの

 

 

「テキトーに放っておけ」と息子に言われ

すぐ人の世話に没頭する自分を反省し

ある程度放っておくこともできるようになっていった。

 

 

1年半の間関わり

年老いて弱っていく昭和一桁生まれの男である父のことが

だんだんわかってきた

 

自分の弱さを認めない

認めたくない

それはきっと「負ける」「敗北」なんだ

 

男は強くなければならない

男は泣き言を言ってはならない

 

人に頼らず自分でやるべし

人に迷惑をかけてはいけない

 

 

そんな価値観を持っている

 

だから人に手助けを求めることは

 

弱い人

ダメな人

負け

人に迷惑をかける行為

らしい

 

 

今までできたことができなくなっていく自分から目をそむけ

「元気でどこも悪くない。

自分で何でもやっちゃうからな」と自分を語る。

 

もうそれは変わらない

93歳だもん

 

一人の人間としての自分の「親」の個性を

案外知らなかったことに気づく。

きっと父も私のことをそんなに知らない。

 

はあ、

これで父のことを背負わなくていい

相談できる人がいること

いざとなったら助けてくれる人がいることは

なんとありがたいことか

 

父の老いの中に

自分の老いを見て学んでいます。

 

 

 

 

 

 

 

今朝の日記には、「老い」という

受け入れ難い変化について書きました。

 

 

老い

 

それは容赦なく自分に訪れる

 

今までできたことができなくなる

自分はそんな変化を望んでいないのに

「衰え」という体の変化

 

新しい自分になりたくて自分に変化を起こしていく

そんな前向きなやる気のある変化とは違う

 

やってくる自分への厳しい現実に

対処しなければならない

それを受け入れ

認めなければならない

 

父は「自分は元気だ」と言い張る

私から見ると病気があり、弱っているのに

 

「どこも悪いところはない」と

自分の病気を認めない

自分の弱さを認めることは

負けることなのだろう

 

そして、

決して負けたくないのだろう

そういうことだったのか‥

 

自分にもそれがあるとハッとする

自分はまだ大丈夫だと思いたい

そこに目を向けずにいたい

変わりたくない

 

そう、

「老い」とは

変わりたくないのに変わってしまう

自分の体への変化なのだ

 

あくまでも強くありたい人にとって

それは認めたくない存在なんだね

 

認めたくないものって ある

認めるのが

受け入れるのがとても難しいことってある