読了。
片山廣子は、明治時代に生まれ、歌人であり随筆家である。
「松村みね子」の名前でアイルランド文学翻訳家としても活動した。
また、芥川龍之介などの著名作家の小説の登場人物のモデルではないかと言われている女性でもある。
その片山廣子の単行本『燈火節』に、大正~昭和初期に発表されたエッセイ8編を加えて新編としたのが本書である。
ある書評で絶賛されていたので、読みたいと思った。
新編 燈火節 (著)片山廣子
タイトル「燈火節」に「節」ではなく「節」が使われているところで気づけばよかったのだが…本書は、旧仮名遣い、旧漢字が使われていたのだった…。
これは私にとって、大変難しかった!かなりの時間をかけて読了した。
まず、最初のエッセイ「或る國のこよみ」で「ケルトの古い言ひつたへかもしれない」と紹介されていたのが次である。(太字部分は本書からの引用)
はじめに生れたのは歡びの靈である、この新しい年をよろこべ!
一月 靈はまだ目がさめぬ
二月 虹を織る
三月 雨のなかに微笑する
四月 白と綠の衣を着る
五月 世界の青春
六月 壯嚴
七月 二つの世界にゐる
八月 色彩(本書で「彩」は旧字体表記だったが入力できず)
九月 美を夢みる
十月 溜息する
十一月 おとろへる
十二月 眠る
この後、著者の感想が述べてあり、それを受けて著者は季節を色分けしていくのだが、なんと「私の手許に古い歌の本が何もないので、殆どめちやに書き並べた」と万葉集(多分)に収められていると思われる多くの和歌が紹介され、その色彩について思い巡らした内容が書かれていた。
なるほど、このような教養豊かな方のエッセイなのね、「徒然草」みたいかも…と恐れながら読み進めて行ったが、
戦時中に自宅のお庭に防火貯水池を掘るお話。
「錢形平次の時代には乘物といつてもバスも電車もなく、さうむやみとお駕籠にも乗れなかつたらうから…」という書き出しで、著者が自宅から佐々木信綱宅まで歩いて講義を受けにいったエピソードを含む徒歩であちこち行くお話。
家にやってくる黒猫を「黑にやあにやあ」と名付けるお話(可愛い!!)。
行者に「お伺ひ」を立てるとお稲荷さんからのお告げがあった話。
など、肩に力をいれないで読めるものも多かった。
そして、食べ物に関する記述も多かった。
「米一合に小さいきやべつならば一つ、大きいのならば半分ぐらゐ、こまかくきざんで米と一しよにぐたぐた煮ると、米ときやべつがすつかり一つにとけ合つてしまふ。うすい塩味にして、それに日本葱を細かく切つて醬油だけで煮つけて福神漬ぐらゐの色あひのもの、まづ葱の佃煮である、これをスープ皿に盛つたお粥の上にのせて食べる」
終戦後の食べ物が少なかった頃について書かれたものであるが、甘くて美味しかったようである。気になる。作ってみようか…それにしてもキャベツの分量が多いような。いや、このくらい入れないと「米ときやべつがすつかり一つにとけ合」わないかも知れない。
「今から何十年も前のことである。L氏殺人事件といふ騒ぎが麻布の或る女學校に起つて世間をおどろかした。」という書き出しで事件について書かれていた。
著者は当時13~4歳で寄宿舎に住み、在学していたようである。
この事件は迷宮入りとなったが、その三十数年後に、別件で検挙された男がこの事件の犯人だと自白したという新聞記事を読む。
気になったので、ネットで検索してみると…たくさんの記事がヒットした。ほう、東洋英和にそんな事件が…。
本書には、梨木香歩氏のエッセイ「『熱狂』の行方ー片山廣子の場合」も収録されており、そこに紹介されていた芥川龍之介の「大導寺信輔の半生」「或阿呆の一生」も読んでみたいと思った。
新潮文庫の「河童・或阿呆の一生」には両方とも収録されているようである。
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美味しいものの記録。
伊勢市河崎の「サトナカ」のクッキー。
SNSで評判になっていて、味わってみたいと思っていたのだ。
同封されていた説明によると、伊勢神宮で神さまへのお食事として日々捧げられているもののうちで特に代表的な塩、米、酒の味の3種類のクッキー。
それに、黒糖の味のクッキーを合わせて4種類のクッキーを求めた。
上段左から、
「酒」びっくりするほどお酒の風味、酒粕入り。
「塩」塩味。
下段左から、
「米」材料表示に「しんびき粉」とあり、調べてみると、道明寺粉をさらに細かく砕き煎ったもののようだ。「塩」と比べてバターの味がまろやかに感じられ、柔らかく感じた。
「黒糖BS」しょうがが入っていて黒糖との組み合わせがとても美味しい。
※クッキー横の小さなシールは包み紙に貼られていたものを使用。




