読了。

中高校生向きの古典入門書。

 

ふりがな、挿絵、図入り注釈など豊富で、しかも本書には大庭みな子氏のコメント付きなのである。こんな感じである。

 

 

大変分かりやすく、大変おススメである。

図書館の中高校生向けのコーナーにあるのではないだろうか。

 

中高校生の時に、教科書、問題集などにあった「枕草子」の段は読んでいるが、当時はほとんど興味を持たず、現代は豊富に現代語訳が出ているにも関わらず手に取ることをしなかった。

 

NHK大河ドラマ「光る君へ」を見て、「枕草子」は失意の中宮・定子を慰めるために清少納言が書いたと描かれていた。

 

楽しいこと、美しいこと、面白いことを清少納言が定子と共有するために書いたものだと思えば、なるほどという内容である。

 

枕草子  (著)大庭みな子

 

ちなみに私が図書館から借りたものの表紙はこんな感じ。

 

 

清少納言がビデオ撮影している?

なるほどなあ…と思った。

ビデオで撮影して記録した感じ、生き生きと情景が浮かんでくる。(太字部分は本書からの引用である)

 

 

第二八段 いやな、にくらしいもの(にくきもの)

 

まず長話をする客について書かれ、次に、

 

「硯に髪の毛がはいっていたり、墨の中に石が入っていて、すろうとうすると、ぎしぎしきしむのはいやだ」

 

これは読んでいて、そうだよね、そうそうと思わず口に出てしまった。

 

「なんということもない人が、得意になってべらべらしゃばりたてたり、火ばちやいろりばたに、手の裏をひっくりかえしては、しわをのばし、火にあぶったりしているのをみるとむかむかする」

 

この部分も、その人の手つき、様子が目に浮かぶようで、ああ、なるほどなあ…。

 

大庭氏のコメントに、「これとまったくおなじ人たちの姿は現代にもそこらじゅうにいる」とか、「私が十五、六のとき初めて読んでひどく感心したものだが、それから四十年以上たって読んでも、ものなつかしく、ふただびそうだとうなずく。描写の的確さは名画の真実と似ている」などと書かれていた。

 

なるほど、「描写の的確さは名画の真実と似ている」のか!

 

 

第一一一段 関所は(関は)

 

各地の関の名前が列挙されていて、「岫田の関」(くきだ)というのがあった。

 

注釈を読むと、「三重県一志郡」とある。ちなみに現在、一志郡はなくなっている。 

 

調べてみると、大和と伊勢を結ぶ要地にあった古代の関で「河口関」とも言うようだ。聖武天皇ゆかりの関のようだ。ほう…。

 

 

第一一五段 いつもとちがってきこえるもの(つねよりことにきこゆるもの)

 

こちらも同種類の事柄を並べた「類聚」というジャンルの段。

 

「正月の車の音。また、鳥の声。明け方の咳。おなじく明け方の音楽。」

 

大庭氏のコメントは「なんということもないわずかな行だが、音の世界をこれだけ簡略に文字でひきだせるのは、名文としかいいようがない」

 

確かに…明け方の咳というのはいつもと違って聞こえるものかもしれない。

 

 

第一一七段 絵にするときれいに見えるもの(かきまさりするもの)

 

「松の木、秋の野、山の里、山の路」

 

これも確かに絵の題材としてよく用いられているように思う。

 

 

第一二五段 さまにならないもの(むとくなるもの)

 

こちらも、なるほどと思った。

 

「たいした者でもないのが使用人をしかりつけているさま」や、妻が家出したら、夫が大騒ぎで探してくれると思っていたが、夫はのどかな調子なので、妻が自ら戻ったとき、などが書かれていた。

 

ああ、これはサマにならないな。現代でも。

 

 

第一三〇段 九月の雨あがりの朝(九月ばかり、夜一夜)

 

様々な情景が書かれていたが、

 

「すこし日が高くなり、萩などが重たげにたれたのが、露のおちるたびに枝がゆれ、人が手をふれるわけでもないのに、上にはねあがるのがとてもおもしろいとわたしは思うのだが、そんなことはべつにおもしろくもなんともないという人もいるらしい。それがまたおもしろい」

 

ああ、そういうの分かるなあ。

自分が面白いと思うことを面白くないと思う人もいることが面白い。

ちなみに私は「萩などが重たげにたれたのが、露のおちるたびに枝がゆれ、人が手をふれるわけでもないのに、上にはねあがる」様子を見たら、「ラッキー、良いもの見たわ」と思うタイプだ。

 

大庭氏コメントは、「その自然描写は単なる自然描写ではなく、人の心の重ねられているおもしろさである」

 

ふむふむ。

 

 

第一五五段 むさくるしいもの(むつかしげなるもの)

 

様々なむさくるしいものが書かれていたが、私は「ししゅうの裏の糸がぐちゃぐちゃしているさま」に大きく同感。

 

 

第二一四段 音楽は夜(あそびは夜)

 

「音楽は夜。人の顔が見えないくらいの暗さがよい」

 

 

第二三四段 短いほうがよいもの(短くてありぬべきもの)

 

ここは「いそぎのものをぬうときの糸」に同感。

 

 

「あとがき」に、大庭みな子氏が学校の寄宿舎で古典を読んでいた時、「名文に感心するというよりは、人の心とは、時代によってこうも変わり、こうも変わらないものだということに感心していた」とあった。

 

私は、この「枕草子」を読んでみて、共感の喜びを感じた。そうよ、そうよね!という感じだ。

 

大河ドラマで、高畑充希氏が演じる中宮・定子が楽し気に「枕草子」を読んでいるシーンがあったが、まさにそんな感じだろう。

定子も「そうそう、そうよねえ」と思いながら読んだに違いない。

 

そして、大庭氏によると「わからないところはどんどんとばして、わかるところだけ自由に読むのがいい。これが読書の原則である」。

 

なるほど、どんどん読まないと進まない。

 

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よくお邪魔するブログで紹介されていたのだ。

 

「鶴屋吉信」の包み紙。やっぱり鶴。

 

 

「栗まろ」

 

 

「鶴屋吉信」webサイトによると「秋一番の人気生菓子」と書かれていた。

 

ふかふかの薯蕷饅頭、中にはごろっと蜜漬けの栗がこし餡に包まれて入っているのである。

 

これは確かに美味しい!

 

 

番茶の美味しい季節…と思いきや今日の日中は蒸し暑かった。

もう10月も下旬だというのに…。