読了。
本書は、著者が数年にわたって月に1回、「自分がどうも文学らしいと思っている本を読んだ感想の記録」(太字部分は本書からの引用)だそう。
紹介されている書名を見ると、中学、高校の国語の副読本「国語便覧」に掲載されているような有名作品が並んでいた。
やりなおし世界文学 (著)津村記久子
本書に紹介されていたもので、今後ぜひ読んでみたい本をメモ。
『アシェンデン 英国秘密情報部員の手記』 サマセット・モーム 河野一郎訳(ちくま文庫)
訳者あとがきに「もしこの作品に欠陥があるとすれば、それはあまりに面白すぎるということだろう」とあるそうだ。津村記久子氏も「めちゃくちゃ面白かったです」と書かれている。短編連作のようだ。
『スポンサーから一言』 フレドリック・ブラウン 中村保男訳(創元SF文庫)
SFの短編集で、「うまい・アホ・ていねい、と要素をきっちり揃えてきた、おもしろいお話のお手本のような短編集である」とのこと。
『ストーカー』 A&B・ストルガツキー 深見弾訳(ハヤカワ文庫SF)
タイトルにもある「ストーカー」だが、これは「〈ゾーン〉と呼ばれる、地球外生物が来訪した場所へと違法に入り込んで、その遺物を盗み出すことを職業にしている人々」のことだそう。
著者は「この作品を読んで、改めて、美しいものが文字で書かれるということの、開かれた幸福のようなものを思い出した」そうだ。ふむ。「泣ける小説」とのこと。
『樽』 F・W・クロフツ 加賀山卓朗訳(ハヤカワ・ミステリ文庫)
樽から死体と金貨が出てきて・・・という推理小説。
「アリバイ崩しというジャンルの金字塔にして、江戸川乱歩も絶賛の本格推理小説」らしい。しかも「「樽萌え」というものすごく特殊な気持ちも扱っている小説」で、「樽にそこそこ興味がある、ぐらいの人は読んだら「樽!」となるだろうし、樽なんてどうでもいい、という人が読んでも「樽けっこういいな」ぐらいの気持ちは持つようになるんではないないだろうか」・・・ここまで書かれると、読む前から樽が気になってくる。
『たんぽぽのお酒』 レイ・ブラッドベリ 北山克彦訳(晶文社)
12歳の少年の一夏の思い出、成長物語か。著者によると「本書は傑作である。(中略)「じゃあどこが?」というところを毎回うまく説明できない。(中略)自分はこの本を傑作だと思いながら、「とにかくよかったんだよ!」という、まじやばかったっす系の感想にとどまってよいのか、という自戒を込めて、今回再読してみた」
この「まじやばかったっす系の感想」に、はっとした。
私のこの読書ブログはまさしく「まじやばかったす系の感想」だらけではあるまいか。まあ、そうとしか言えないときもあるが。
『幸福論』 アラン 神谷幹夫訳(岩波文庫)
著者によると「本書は、わからないとも言わず、幸せな自分を見習うがいいでもなく、真っ向から「人はどうしたら幸福になれるのか」について、哲学の先生であるアランが考えている本である」とのこと。
『人形の家』 ルーマー・ゴッデン 瀬田貞二訳(岩波少年文庫)
書名だけみて、てっきりイプセンの戯曲だと思っていたら、人形が主人公の小説だった。著者によると「人形という存在の幸福感が余すところなく描かれていて、ああもうずっとこの世界にいたい、本を読み終わりたくないと思わせてくれる」。なるほど。私もそういう世界に浸りたい。
『ペスト』 カミュ 宮崎嶺雄訳(新潮文庫)
ペストにより都市封鎖される物語。
「ペストという不条理を過ごすことになった街を描く冷静な手付きは、登場人物たちの中庸な姿にも表れている。(中略)さまざまな出自を持ち、人生に悔いや屈託を抱えながら、騒ぎ立てず静かにペストと戦う登場人物たち(略)」
今だから読みたいかなと思う。
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久々にミシンを出して縫った。
布の入っている箱をごそごそと見ていたら、今はなきかつてのソファのカバーの一部と思われる生地があった。
ぺろんと四角く、2辺が三つ折りで縫われていたので、活用できる部分のみを残したのだろうと思う。リバティの「DANTE」という生地。こういうのは捨てられない。
せっかくなので、クッションカバーに再利用。
四角く縫っただけ、装飾なし、ファスナー無しの簡単なクッション。
クッションというと、赤毛のアンシリーズで、アンの下宿先のクッションを思い出す。たしか、家主のおばさま方が凝ったクッションをせっせと手作りしており、そのクッションがソファーや椅子に置いてあるが、使ってはならない。というのではなかったか。使うと、家主のおばさま方の機嫌が悪くなる・・・。
このクッションは、ソファーでの読書時の高さ調整や、昼寝(!)の時に活躍させるつもりなので実用重視で。
