● 変化に一番敏感なのは本人自身
当たり前だけれど、本当に当たり前だけれど、
変化に一番敏感なのは本人自身です。
最近、においがわからなくなった。
ついさっき置いたはずのものの場所がわからない、
どこに置いたのか思い出せない、見当も付かない。。。
記憶がスポッと抜けている恐怖。
いつもと同じように生活しているはずなのに、頭の中で記憶がかすりもしない恐怖。
昨日行ったところを覚えていない恐怖。
あそこでこういう店に入ってあれが美味しかったね、と言われても全然思い出せない恐怖。
そんな自分になっているのか!?と認めること自体が恐怖だし、
認めて受け入れると、本当にダメになってしまいそうな気がする。
この先どうなるのかと不安になるし、
かといって子どもに心配させたくないという親心があるし…
(↑子どものいない私には想像でしかありませんが)
だから平気に振る舞うのでしょうね。
でもどんどんわけがわからなくなっていく。
自分で「おかしい」と気づけているうちはまだいいかもしれません。
本人は「普通に」やっているつもりでも、外から見れば「どうしてこんなことを!!」ということが増えていく。。。
もっと子どもに甘えてもいいのに。
最近おかしいんだ、そんな自分が不安で怖いんだ、って。
とはいえ、言われれた子どもの側は軽く受け流してしまうかも。
経験しないとわからないことってあるから、
そんなことないよ、わかんないこともあるよ、それは普通だよ って取り合わないかも。
取り合わないつもりはないのだけれど、
親が感じている不安や恐怖に焦点を合わせることができない。
私だってフツーに忘れるし、フツーにうっかりすることあるし。
他のことは全然OKだし、少しくらいのことで気にする必要ないんじゃないの? って思って。
で、言われた側は、そういうレベルのことを感じているんじゃないんだけど、、、と思いつつ、
ああ、通じないんだな、、、で終わってしまう。
まだそこで終われる段階だから。
自分がなんとかするしかないと思って終われる段階だから。
でも、それで乗り切れなくなった頃にはいろんなことが把握できなくなっている。。。
いわゆる「正常な」判断ができなくなっている。。。
坂道を転げ落ちていくのか、ゆるやかに下っていくのかの違いはあるけれど、
道は傾き始めているのです。傾斜の始まりに気づくのは当の本人だけで。
でもね。
多分だけど、
その坂道も寄り添って一緒に下ってくれる人がいれば、安心して下れるのかも。
多分だけど、認知症になったからといって一気にすべてが失われるわけではない。
できること・できないこと、不得手になってしまったことを受け入れながら、
ゆるやかに変わっていけることがあるんじゃないのかなーって思います。
※ 家族にはまた別の物語があるのだけどね。。。
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1~2ヶ月に1週間ほど、実母を遠距離介護しています。
距離は埼玉県~山口県。
普段は妹が母の面倒を見ています。
母は要介護3で、自力で動けないわけではないけれど歩くのはおぼつかない。
状況を的確に把握して判断する力はかなり落ちています。
現在、デイサービス(母曰く「日勤」)を週4日、
ショートステイ(お泊まり)を月の1/3~半分くらい利用しています。
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