=第8話「幼き記憶」=
我が家にやってきたティオ。
今では7匹の子供をもうけて立派なパパなのに、とても気が小さい。マンチカン一家の中で気を許してるのはママ猫だけ。子供たちには未だに「シャーッ」って威嚇したりします。
でも、ぐれおじさんとゆき姐のことは完全に親だと思っているんです。
この2匹には1度も「シャー!」って言ったことは無いし、ぐれおじさんにはいつも自分から寄っていってました。ぐれおじさんが近くにいると、体を擦り寄せに行ったり、ぐれおじさんが寝ていると、そっとそばで横になったり。
人間に対しても同じで、お客様が来ると、始終ビクビク。でも、僕に対してはいつも甘えんぼ。「頭撫でて~」、「お腹撫でて~」ってせがんでばかりいます。
この違いはなんだろうと考えたことがあるのですが、やはり、小さい時の記憶がとても深く刻まれてるからではないでしょうか。猫は匂いで認識してるとも言われていますが、見た目も、匂いも、総合的な記憶が脳の奥底に刻まれて、それは年齢が幼ければ幼いほど、消えることのない記憶になるんだと感じます。
「刷り込み」ってありますよね。鳥などが生まれてすぐに目にしたものを親だと思う生物学的現象。親かほかの生物かを本能的に知ることで、餌を獲得したり、外敵から身を守る利点があるんですよね。猫にもそれに近いものがあるのでしょう。小さい頃に世話をしてくれた生き物が親なんでしょうね。
ましてや、ぐれおじさんと僕は、ティオパパが小さい頃から撫でてばかりいるもんだから、ますます深く刻まれてるんでしょう。
厳密に言うと、ぐれおじさんが父親で、僕がおじいさんなのかな。
ぐれおじさんの父親は僕になるでしょうから。
僕には子供はいないけれど、ぐれおじさんが亡くなった瞬間は、本当に実の子を失った悲しみに打ちひしがれました。なんで人間と猫の寿命がこんなに違うのって、理不尽だとすら思いました。
生き物を飼うというのはそういうことなのだろうし、魂というものを信じてはいるので、またあの世で会えると信じているんだけれど、それでも、子供を失うのは辛い。
でも、その分、今いる子たちが健康で長生きできるように頑張るのが親の務め。
ぐれおじさんの分まで、寂しがり屋のティオパパにも沢山構ってあげなきゃね。
ぐれおじさんのことは、また会ったら沢山撫でてあげるね。
第8話 完
ぐれおじさんとティオパパの関係はいつ見ても微笑ましい。完全に親子。




