よく「万年筆のインクが出ない」と相談される。
万年筆は一度使い切ったり、一定期間使っていない場合、ペン先にインクが滞らないように水洗いするか水に浸して、インク抜きをしたほうがいいのだが、知らない人が意外と多い。
ところで、「万年筆」という名前を付けたのは内田魯庵(ろあん)だという説があるそうだ。
内田魯庵は翻訳家・作家で、日本文学史では「トルストイの紹介者」として出てくることが多い。二葉亭四迷とはちがいロシア語はできなかったようだが、英語に堪能だった。
当時のインテリの語学力はすさまじくて、たとえば、二葉亭四迷は『浮雲』を口語体で書こうとして、どうしてもうまくいかなくて、先にロシア語で書いて、それを口語体で訳すという作業をした。
本当に申し訳ないくらい、当時のインテリと私たちとのあいだには基礎学力に根本的な差がある。
当時、インク漏ればかりするペリカンを使っていた夏目漱石に、イギリスのオノトを勧めたのが魯庵だった。これは漱石の「余と万年筆」に出てくる(青空文庫で読める)。
私はこのエッセイが好きで何度も繰り返し読んでいるのだが、ふと「もしかしたら、魯庵という人は、近代日本文学において、たいへん重要な働きをしたのではないか」と思ったことがある。
魯庵を掘り起こすと文学者どうしのネットワークがあぶり出せると思って興奮したのだが、調べたらすでに文化人類学者の山口昌男さんが『内田魯庵文脈』という本でまとめておられて、「自分が思いつくようなことなんて、先達がとっくに考えるよねえ」とがっかりもしなかったことを思い出す。
文学にかぎらず大きな仕事が達成されるとき、そこにはスポットが当たっていない献身的なキーパーソンがいるもので、ジャーナリストの重要な仕事は、実はそこに目を向けることだと思っている。
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