競馬などの一部の例外を除いて、日本では基本的にギャンブルが禁止されている。日本にもカジノを作るべきだという意見はかなり昔からあったのだが、心理的な抵抗感があって、表だっては議論されてこなかった。
だが、外国人観光客が増加している昨今、さらなる観光客誘致のためにもカジノを作るべきだという意見が自民党を中心に強くなっており、また俎上にのりはじめている。
今回の法案提出は公明党などの反対で頓挫したようだ。反対の理由はいくつかあるようだが、その1つに「ギャンブル依存症にかかる人が増えるから」というものがある。
今回の法案提出は公明党などの反対で頓挫したようだ。反対の理由はいくつかあるようだが、その1つに「ギャンブル依存症にかかる人が増えるから」というものがある。
私自身は、カジノはあってもいいし、またなくてもかわないと思っている。だから、無関心派に属するだろう。
ただ、この「依存症になる人が増える」という意見を聞くと、なんとも言えない気持ちになる。というのは、日本でギャンブル依存症の最大の原因となっているパチンコを、事実上放っておいているからだ。本当に国民のギャンブル依存症を心配しているのなら、まずなんとかすべきは射幸性の高いパチンコではないのだろうか。
昨年発表された厚労省の調査によると、日本は世界最悪のギャンブル依存症を抱えている国で、536万人もの依存症者がいると推定されている。日本の労働人口を約6300万として、約8.5%の人たちがギャンブル依存症にかかって、働けないか、本来の能力を出せないでいることになる。これは日本のGDPを大きく毀損する数字だろう。
驚いたことに、カジノ法案の反対する一部の政治家は、この数字を根拠に反対論を展開している。「日本人はギャンブルに弱い国民だから、カジノなぞできたらさらに依存症が増える」という。これは論理がおかしいと私は思う。
日本にギャンブル依存症が多いのは、射幸心を煽るパチンコというギャンブルがごく身近に存在するからである。それをあたかも「日本人はギャンブル依存症になりやすい」などと、まるで日本人の資質のごとく語るのは、見当外れだ。
もちろんカジノも依存症は生みやすいが、だからこそ多くのカジノでドレスコードを課し敷居を高くして、経済的な余裕がない人を排除している。
もし本気で日本人のギャンブル依存症を心配するのなら、まず「身近なギャンブル」を排除することが先決だろう。パチンコがちょっとお金の掛かる娯楽ていどでとどまるのならまだいいのだが、もうそんな牧歌的な代物ではない。1回で数万円も勝ったり負けたりするのなら明らかにギャンブルで、そんなのが駅前に何軒もあるのなら、中には依存症になる人が出てくるのは当然だ。
・・・今回はパチンコの話をしたいのではないので、ここまでにしたい。本題の「なぜ人はギャンブルをするか」について。
これについては参考になる研究がある。コーネル大学の心理学者Richard H. ThalerとEric J. Johnsonが提唱したhouse money effectという心理現象である。
house money effectとは、たとえば、株で100万円儲けた人は、その100万円を元手にもっとリスクの高い株に投資したがるといった傾向のことである。Theler & Jonsonが提唱してから、いくつも研究が発表されていて、実験や観察により認められているようだ。
人は「儲けた」と思ったお金をいつもとは違った使い方をしようとするものだ。たとえば、たまたま10万円を拾ったとかもらったなど、いつもの定期的な収入とは違った方法でお金を手に入れると、それを臨時収入として、たとえば「自分のご褒美に高いレストランに行こう」などいった普段と違う使い方をするものだ。
でも考えてみると、とりあえず財布に10万円が増えただけでお金に区別があるわけではない。だが、それを「臨時収入」に区分して、「自由に使っていいお金」に色分けしてしまう。
これは、私たちが常に「無駄使いをしていけない」と心理的に拘束されているからである。
ただ、この「依存症になる人が増える」という意見を聞くと、なんとも言えない気持ちになる。というのは、日本でギャンブル依存症の最大の原因となっているパチンコを、事実上放っておいているからだ。本当に国民のギャンブル依存症を心配しているのなら、まずなんとかすべきは射幸性の高いパチンコではないのだろうか。
昨年発表された厚労省の調査によると、日本は世界最悪のギャンブル依存症を抱えている国で、536万人もの依存症者がいると推定されている。日本の労働人口を約6300万として、約8.5%の人たちがギャンブル依存症にかかって、働けないか、本来の能力を出せないでいることになる。これは日本のGDPを大きく毀損する数字だろう。
驚いたことに、カジノ法案の反対する一部の政治家は、この数字を根拠に反対論を展開している。「日本人はギャンブルに弱い国民だから、カジノなぞできたらさらに依存症が増える」という。これは論理がおかしいと私は思う。
日本にギャンブル依存症が多いのは、射幸心を煽るパチンコというギャンブルがごく身近に存在するからである。それをあたかも「日本人はギャンブル依存症になりやすい」などと、まるで日本人の資質のごとく語るのは、見当外れだ。
もちろんカジノも依存症は生みやすいが、だからこそ多くのカジノでドレスコードを課し敷居を高くして、経済的な余裕がない人を排除している。
もし本気で日本人のギャンブル依存症を心配するのなら、まず「身近なギャンブル」を排除することが先決だろう。パチンコがちょっとお金の掛かる娯楽ていどでとどまるのならまだいいのだが、もうそんな牧歌的な代物ではない。1回で数万円も勝ったり負けたりするのなら明らかにギャンブルで、そんなのが駅前に何軒もあるのなら、中には依存症になる人が出てくるのは当然だ。
・・・今回はパチンコの話をしたいのではないので、ここまでにしたい。本題の「なぜ人はギャンブルをするか」について。
これについては参考になる研究がある。コーネル大学の心理学者Richard H. ThalerとEric J. Johnsonが提唱したhouse money effectという心理現象である。
house money effectとは、たとえば、株で100万円儲けた人は、その100万円を元手にもっとリスクの高い株に投資したがるといった傾向のことである。Theler & Jonsonが提唱してから、いくつも研究が発表されていて、実験や観察により認められているようだ。
人は「儲けた」と思ったお金をいつもとは違った使い方をしようとするものだ。たとえば、たまたま10万円を拾ったとかもらったなど、いつもの定期的な収入とは違った方法でお金を手に入れると、それを臨時収入として、たとえば「自分のご褒美に高いレストランに行こう」などいった普段と違う使い方をするものだ。
でも考えてみると、とりあえず財布に10万円が増えただけでお金に区別があるわけではない。だが、それを「臨時収入」に区分して、「自由に使っていいお金」に色分けしてしまう。
これは、私たちが常に「無駄使いをしていけない」と心理的に拘束されているからである。
念のため断っておくと、これは年収の多寡とは無関係である。年収200万円の人は200万円なりに、1億円の人は1億円なりに拘束されている普遍的な現象だ。
この心理的拘束がなければ、私たちは際限なく出費を繰り返し、どんなに年収が多かろうが最終的にお金に困るので、その手前で心理的に拘束を課すのである。こちらからは無尽蔵にお金を使えるように見えても、どんな人も「現在の自分」が基準になって、その人なりのストッパーが存在する。
この「無駄遣いしてはいけない」という気持ちは、常に私たちを拘束している。そのために、気づかない程度に少しずつ私たちにストレスを与える。
日本人の場合、そのストレスを解放する1つの手段が「ボーナス」だ。月給制の人たちは、このボーナスという制度によって年に2回、ストレスの解放をおこなうきっかけを作っている。
ギャンブルが廃れないのには、1つに、この「無駄遣いしてはいけない」という心理的拘束が関わっている。
ギャンブルで勝つと、臨時収入を得ることができる。この収入はあくまで臨時なので、定期収入とは別な、自由に使うことができるお金として認識される。だから、ギャンブルに勝つと、多くの人がそのお金を生活費とは別の娯楽に費やしたくなる。
「ギャンブルに勝つ」=「自由に使えるお金を得る」といった結びつけを繰り返していると、いかにその前まで負けこんでお金を擦っていても、それを棚上げして、やがてギャンブルに勝つだけで大きな高揚感を得て、それ自体が自己目的化するようになる。
本当ならギャンブルの勝利は「勝ったお金」と「負けたお金」の差額で図られるべきだが、高揚感がやみつきになると、その高揚感を得ることが目的になって、「勝つために金をいくらでもつぎ込む」という状態に陥る。そうなると、「臨時収入」を得るためにたくさんのお金をつぎ込むという、反経済活動に陥ってしまうわけである。
もちろん、それは社会生活を送る上ではかなりまずいことだ。それを避けるにはどうしたらいいのか。
最も簡単な方法はギャンブルに近寄らないことである。依存症になるかどうかはその人の資質にも拠っているので、実際にギャンブルをやってみないとわからないという面がある。だから、とにかく近寄らないというのが最も有効な方法である。
もう習慣になっているという人は、記録をつけるという方法をおすすめしたい。というのは、人はうまくいったことは良く覚えているが、失敗したことは忘れる傾向があるからである。
「トータルではとんとんくらい」とか「少し負けているくらい」に認識している場合、実際は大きく負けていることがほとんどである。たとえば、スマホの家計簿ソフトにその人の収支を書きこんでおくと、自分がいかにギャンブルのカモになっているに仰天する人が多いだろう。ギャンブルをやっているのがだんだん嫌になってきて、自己嫌悪から止めたくなっていく可能性がある。
「○○円になったら止める」とか「夜10時になったら止める」などルール作りを提唱する人もいるが、そもそもそういった内なるルールで歯止めが利かないから、ギャンブルがなくならないのである。一定の効果はあるのはおおむね最初だけで、何かのきっかけでルールは簡単に崩壊してしまう。
ギャンブル依存症になりにくいのは、本質的にケチな人だ。ケチな人は100円でも負けると、心に痛みが走る。その負けがもったいなくなって、ギャンブルなどばかばかしくなる。ここまで本質的にケチでいられる人は依存症にはなりにくい。
反対に、ギャンブル依存症になりやすいのは、本質的に負けず嫌いの人だ。負けが「くやしい」という方向に行く人で、その負けを取り戻そうとのめりこんでしまいがちだ。負けず嫌いがスポーツなどに行けばプラスになることもあるが、ギャンブルにおいてはほぼ間違いなくマイナス。
だが、ここのところ急速にパチンコ離れが進んでいるとか。ただギャンブル業界の先端にいる人はちゃんと社会のトレンドを捉えており、おそらく知恵者たちは、私たちから次の方法で寺銭を巻き上げる算段を練っている。
「次」はおそらく課金制のスマホゲームだろう。これだけスマホが身近になり、ゲームをするのが当たり前になれば、わざわざ駅前のパチンコ屋に行くより、ゲームをやったほうが楽で同じ射幸心を煽る(ほぼ同じ理由でFXとその類似の投資もさらに広まっていくと思う)。
なお、こういったゲームではしばしば「10000ポイント無料進呈」などといったことをやるが、その「最初の臨時収入」はhouse money effectによって次のリスクに人を追いやり、たまに勝つことで高揚すれば、さらにリスクをとりようになる。リスクが無限に連鎖していく。逆に言うと、この「無料で○○ポイントプレゼント!」をうたっているものは、house money effectを狙った射幸心の煽って、リスクをどんどんとらせていくタイプのゲームであるはずだ。
課金ゲームのタチの悪さは、入り口は無料なので、子供でも気軽にできることにある。一般的に、幼いときからギャンブルに接すると、ギャンブルに対する嫌悪感や抵抗がなくなる。ゲームにおいても射倖性を煽るタイプのものは、年齢の垣根がないぶん、パチンコよりはるかに深刻な社会問題になっていく可能性がある。
私は陰謀論には与しないが、パチンコが廃れてゲームがその代わりになっていくという過程は、まるで誰かが仕組んでいるかのように静かに、また着実に進んでいくことになる。また、それが広く浸透するほどに、日本経済は打撃を受けるのである。


Image(s): FreeDigitalPhotos.net
【新刊翻訳書のお知らせ】
『世界のトップエリートが絶対に妥協しない小さな習慣』(大和書房)を出版いたしました。ウォール街のトップエリート女性が書いた、「どうやったら目標を100%成功させて、人生を大きく好転させるか」を解説した本です。多くの人に役立ちすばらしい本ですので、ぜひご一読ください。くわしい内容については→こちらまで。
この「無駄遣いしてはいけない」という気持ちは、常に私たちを拘束している。そのために、気づかない程度に少しずつ私たちにストレスを与える。
日本人の場合、そのストレスを解放する1つの手段が「ボーナス」だ。月給制の人たちは、このボーナスという制度によって年に2回、ストレスの解放をおこなうきっかけを作っている。
ギャンブルが廃れないのには、1つに、この「無駄遣いしてはいけない」という心理的拘束が関わっている。
ギャンブルで勝つと、臨時収入を得ることができる。この収入はあくまで臨時なので、定期収入とは別な、自由に使うことができるお金として認識される。だから、ギャンブルに勝つと、多くの人がそのお金を生活費とは別の娯楽に費やしたくなる。
「ギャンブルに勝つ」=「自由に使えるお金を得る」といった結びつけを繰り返していると、いかにその前まで負けこんでお金を擦っていても、それを棚上げして、やがてギャンブルに勝つだけで大きな高揚感を得て、それ自体が自己目的化するようになる。
本当ならギャンブルの勝利は「勝ったお金」と「負けたお金」の差額で図られるべきだが、高揚感がやみつきになると、その高揚感を得ることが目的になって、「勝つために金をいくらでもつぎ込む」という状態に陥る。そうなると、「臨時収入」を得るためにたくさんのお金をつぎ込むという、反経済活動に陥ってしまうわけである。
もちろん、それは社会生活を送る上ではかなりまずいことだ。それを避けるにはどうしたらいいのか。
最も簡単な方法はギャンブルに近寄らないことである。依存症になるかどうかはその人の資質にも拠っているので、実際にギャンブルをやってみないとわからないという面がある。だから、とにかく近寄らないというのが最も有効な方法である。
もう習慣になっているという人は、記録をつけるという方法をおすすめしたい。というのは、人はうまくいったことは良く覚えているが、失敗したことは忘れる傾向があるからである。
「トータルではとんとんくらい」とか「少し負けているくらい」に認識している場合、実際は大きく負けていることがほとんどである。たとえば、スマホの家計簿ソフトにその人の収支を書きこんでおくと、自分がいかにギャンブルのカモになっているに仰天する人が多いだろう。ギャンブルをやっているのがだんだん嫌になってきて、自己嫌悪から止めたくなっていく可能性がある。
「○○円になったら止める」とか「夜10時になったら止める」などルール作りを提唱する人もいるが、そもそもそういった内なるルールで歯止めが利かないから、ギャンブルがなくならないのである。一定の効果はあるのはおおむね最初だけで、何かのきっかけでルールは簡単に崩壊してしまう。
ギャンブル依存症になりにくいのは、本質的にケチな人だ。ケチな人は100円でも負けると、心に痛みが走る。その負けがもったいなくなって、ギャンブルなどばかばかしくなる。ここまで本質的にケチでいられる人は依存症にはなりにくい。
反対に、ギャンブル依存症になりやすいのは、本質的に負けず嫌いの人だ。負けが「くやしい」という方向に行く人で、その負けを取り戻そうとのめりこんでしまいがちだ。負けず嫌いがスポーツなどに行けばプラスになることもあるが、ギャンブルにおいてはほぼ間違いなくマイナス。
だが、ここのところ急速にパチンコ離れが進んでいるとか。ただギャンブル業界の先端にいる人はちゃんと社会のトレンドを捉えており、おそらく知恵者たちは、私たちから次の方法で寺銭を巻き上げる算段を練っている。
「次」はおそらく課金制のスマホゲームだろう。これだけスマホが身近になり、ゲームをするのが当たり前になれば、わざわざ駅前のパチンコ屋に行くより、ゲームをやったほうが楽で同じ射幸心を煽る(ほぼ同じ理由でFXとその類似の投資もさらに広まっていくと思う)。
なお、こういったゲームではしばしば「10000ポイント無料進呈」などといったことをやるが、その「最初の臨時収入」はhouse money effectによって次のリスクに人を追いやり、たまに勝つことで高揚すれば、さらにリスクをとりようになる。リスクが無限に連鎖していく。逆に言うと、この「無料で○○ポイントプレゼント!」をうたっているものは、house money effectを狙った射幸心の煽って、リスクをどんどんとらせていくタイプのゲームであるはずだ。
課金ゲームのタチの悪さは、入り口は無料なので、子供でも気軽にできることにある。一般的に、幼いときからギャンブルに接すると、ギャンブルに対する嫌悪感や抵抗がなくなる。ゲームにおいても射倖性を煽るタイプのものは、年齢の垣根がないぶん、パチンコよりはるかに深刻な社会問題になっていく可能性がある。
私は陰謀論には与しないが、パチンコが廃れてゲームがその代わりになっていくという過程は、まるで誰かが仕組んでいるかのように静かに、また着実に進んでいくことになる。また、それが広く浸透するほどに、日本経済は打撃を受けるのである。

Image(s): FreeDigitalPhotos.net
【新刊翻訳書のお知らせ】
『世界のトップエリートが絶対に妥協しない小さな習慣』(大和書房)を出版いたしました。ウォール街のトップエリート女性が書いた、「どうやったら目標を100%成功させて、人生を大きく好転させるか」を解説した本です。多くの人に役立ちすばらしい本ですので、ぜひご一読ください。くわしい内容については→こちらまで。



