どうすれば「英語が話せる」のか? | 真面目に脱線話@リンガランド英語塾

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前回、「英語が話せる」とはどういうことなのかを考えた。私の定義は本当に単純だ。繰り返しになるが、以下のようになる。



「英語を話せる人」とは、英語が話せると思っている人のことである。



なぜそうなるかと言えば、日本で普通の英語教育を受けた人が「英語が話せない」なぞありえないからである。



そういうことを言うと、たいていは、「いやいや、私は言いたいことが英語で言えないし、相手が何を言っているかもわからない。本当に英会話はできないんだよ」などと、「できない」を強調する。



だが、それは間違っている。いや、間違っているだと語弊があるかもしれないが、少なくとも適切ではない。それは、その状態は「できない」ではないからである。



そういった状態は「下手だ」と形容しなければならないのであって、決して「できない」ではない。





「英語が話せない」と言う場合、それは「自分は英語が話せる状態になっていない」といった内容である。



この「できない」に対する考え方が、日本人が英語を話せるようになることを阻害している最大の原因である。



というのは、日本人がそれと反対の「英語が話せる」と言った場合、それは「アメリカ人のように英語が話せる」という意味だからである。ちょうどハリウッド映画で俳優たちがクールなセリフを繰り出すように話せる状態を、私たちは「英語が話せる」と考える。



だから、日本人に「あなたは英語が話せますか?」と聞くと、多くの人が「できません」と答えることになる。



だが、考えてみてほしい。日本で生まれて育ち、英語圏で暮らした経験のない日本人が、日本で暮らしたままで、いつかハリウッドスターのように英語が話せる日が来るだろうか。



残念ながら、そんなことはほとんどありえない。



私たちは英語について、無意識に「ありえない基準」を元に「できない」と言い続ける。だからこそ、いつもいつも「ネイティブっぽい発音」「かっこいいフレーズ」「英語らしい英語」「クールなジェスチャー」が気になって、ノーミスの義務にさいなまれる。



話すことそれ自体に集中できず、いつまでたってもプールには飛び込めないままで、肝心の泳ぐ練習ができない。こういった無意識下の完璧主義が、私たちが英語を話すことを妨げている。



これはいわば3の力で100をやろうとすることだ。それだったら永遠に「できない」のが当たり前だ。




こういった無意識の完璧主義が典型的に現れる状況が、「ほかの日本人が英語を話しているのを聞いている」ときだ。



先月、安倍首相がアメリカ議会でみとごな演説を英語でおこなったことは覚えておられるだろう。



私は演説内容にたいへん感銘を受けたのだが、ほかの人はどうなのか気になって、ツイッターなどを確認した。



すると、「発音がひどい」とか「間が空きすぎていて流暢ではない」など、内容そっちのけで安倍首相の英語力をくさすを人が相当数いたのである。



「英語の演説」において英語は道具にすぎない。たしかに上手なほうがいいが、最後は聞き手がどう感じたかに尽きるはず。



ところが、日本人が話しているのを聞くと「発音が違う」「文法がおかしい」などといった「英語そのもの」に意識が行って、内容がおろそかになってしまう。



裏を返せば、自分が英語を話すときに、ほかの日本人が気になって英語を話すのが怖いという状態を招きかねない。これではいつまでたっても、内容のあることなど話せるはずがない。



同じく安倍首相の演説を聞いたアメリカ生まれでアメリカ育ちの友人(両親は日本人)に聞くと、「本当にすばらしい演説で、多くのアメリカ人が感動したと思う」と答えた。また、私が「安倍首相が英語が上手でないことはどう思った?」と聞くと、「いやいや、欠点をあえてさらけ出して、言うべきことを堂々と言えたから評価できるんだよ」と答えた。



ここではまさに「英語が話せるとはどういうことか」の本質が語られている。そう、私たちは「できない」ではなく、「下手だ」から出発しなければならない。



「できない」とはゼロのこと、「できる」は100のことだ。ゼロにいくらゼロを足してもゼロのままだ。100にはならない。



こういった無意識の完璧主義や「0と100しかない考え方」を捨て、「英語が下手な自分」を認めることこそが、英語がしゃべれるようになる出発点だ。「下手でもいいから、今の自分の力で、英語で何か伝えてやる」という姿勢が持てるかどうかが勝負だ。



いや、もっと正確に言えば、その勝負ができるなら、その人はすでに「英語が話せる人」である。



安倍首相の英語をくさしていた人は、もしかしたら悪口を言いたかっただけかもしれない。もしそうなら、英語が下手なのにアメリカ人を感動させたことになり、逆にその嫌いな相手に最大の賛辞を送っているようなものだ。



英語が話せないと嘆いている人は、「自分は英語で何を伝えたいのか」「自分は英語で何をしたいのか」「そもそも、自分は本当に英語で外国人に何か伝えたいのか」と自分自身に問うてみてほしい。それなしで先に進むはずがない。



「クールに英語を話す自分」をついつい想像してしまう人は、いちど立ち止まって想像の中の自分が何をしゃべっているか観察してみよう。もしかしたらそこにいるのは「英語で外国人に何かを伝えている自分」でなく、「英語でぺらぺらとしゃべっている自分と、その背景としての外国人」ではないだろうか。



英語を話せるようになるためには、「自分は英語が話せる」と思えるかどうかにある。



もちろん簡単に思いこめるわけではないので、もし心のどこかに嘘があるなあと感じたら、「でもまだちょっと下手だけどね」と言い訳を追加すればいいだけのこと。



もし英語を話す機会が突然現れ、どきどきして「私は英語を話せる」なんて思う余裕がなければ、せめて英語が話せる振りをしてみよう。



わからなければ聞き返せばいいし、ついていけなければわかった振りをして話を変えてごまかせばいい。間違えるとまずそうな大事な内容なら、帰ってメールで確認すればよい。



そもそも私たちは日本語で会話をしているときだって、たいしたことは言ってないし、相手の話などそんなにちゃんと聞いてはいない。それなのに、英語になったら完璧になるなんてありえない。言葉とはそもそもそういうものである。



「私は英語が話せる。(でもちょっと下手だけどね)」と思えたら、あなたはすでに英語が話せる人である。要は、それに気づけるか、それとも、いつまでも空虚な理想を追い続けるかである。



あなたはすでに英語が話せる、でもちょっと自信が揺らぎそうになかったら、「下手だけどね」と付け足す。それだけで、少なくともあなたの英語力は確実に良いほうに変化するはずだ。




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