新春講演会のときに説明があまりに駆け足だったので、その復習も兼ねてキモとなるところを解説したい。
指示詞とは、代名詞(代形容詞・代副詞も入る)のうち、this、that、itなど場所を示すことで対象を指し示す言葉のことだ。日本語では「これ」「それ」「あれ」「この」「その」など「こそあど言葉」のうち「こそあ」のことだ(「ど」は疑問詞にあたる)。
指示詞は中学英語で学ぶ基本事項なのに、上級レベルでも意外と間違う人がいる。それは、中学校で、日英の指示詞の違いを意識していないからだろう。
英語の指示詞を的確に教えるには、英語の指示詞のしくみとともに、日本語の指示詞のしくみもわかっている必要がある。
では、なぜ間違ってしまうかと言うと、this=それ、that=あれ、it=それ、と、日本語の「こそあ」で対応させるだけで終わってしまうからだ。
では、日本語と英語でどこが違っているのだろうか。
それは典型的にはthatにあらわれる。たとえば、That camera is really good.と言った場合、このThat cameraには2つの可能性がある。1つは「あのカメラ」、もう1つは「そのカメラ」だ。
「thatは『あれ』だから、that cameraは『あのカメラ』でしょ。『そのカメラ』ならthe cameraじゃないの?」と考えた人はいなかっただろうか。そういう人は、少なくとも指示詞について中学英語レベルを抜けていないことになる。
日本語の「その」と英語のtheは、根本的な機能が異なっている。
日本語の「それ」は聞き手に近いものを指す場合に使われる。たとえば、相手が素敵な時計をしていたら、「その時計、すてきね」と言うだろう。「あなたの時計」は言うだろうが、「あの時計」とは決して言わないはずだ。
この場合、英語でもyour watchが標準だろうが、あえて指示詞をつけて言うならthat watchである。the watchは使えない。the watchはitに置き換えられるが、上の状況でいきなり相手にIt's good!と言って、itが何を指すかはわからないだろう。
同様に、The watch is good!と言われても、相手は「え、時計のことなんて話題にしてないのに、どの時計のことだ?」となるはずだ。
the watchはすでに相手と共通認識のある時計である。多くの場合はその場で話題になっていることで、少なくとも「時計」と言われて、「ああ、この[あの・その]時計のことね」とわかる状態でないと使えない。
ここで、中学英語は大きな壁にぶつかる。と言うのは、the watchに適切な万能訳がないからである。いちおう「その時計」と訳すことになっており、多くの場合、なんとかやりすごせるのだが、本当はやりすごしているのでなく、ごまかしているに過ぎないことも多々ある。
「theをつけるのは、それがすでに話題になっている場合」と言われるが、それについてはitやtheyも同じである。では、なぜitではなく、わざわざthe watchなのかと言えば、それには2つの可能性がある(3つめの可能性として「なんとなく」があるが、感覚の問題は面倒なので捨象)。
1つめは、itとすると複数の可能性がある場合だ。たとえば、相手の帽子と服と時計の話をして、「それすてきね」と言われても「どれのこと?」と思うだろう。話題に出ているが、itだと決定できない状態であれば、the watchにするのが適切だ。
もう1つは、頻度はずっと落ちるもののときどきは目にする。それは、itと言われてもどのitの用法かわからない場合だ。典型的には、I think it great to have it.と言われても、すぐにわからないだろう。後ろのitがthe watchなら、すぐわかる。こんなときはitでなくthe watchを使う。
日本語の場合、「それ」は聞き手に近いもの、「あれ」は話し手からも聞き手からも遠いものというのが基本であって、英語のitやtheにある共通認識があるという概念は基本的に含まれない。
theの「共通認識」であると表示する機能は、裏を返せば、話し手が「あなたはもう知っている例のヤツだよ」と知らせる働きがあるとも言える。たとえば、the watchと言われたら、聞き手は「今言った時計のことは、もうあなたは知っているよ」と知らせていることになる。だから、その場では出てなくても、とにかく相手はどれか特定できる時計だと言っているのである。
こういった場合は「その時計」では不適切で、「例の時計」「くだんの時計」とでもするしかない。この場合聞き手には「思い出す」という作業が必要となる。
日本語の場合、「共通認識になった」という印になる指示詞がない。ただ、相手の時計であれば「その時計」でわかるので、この場合だとたまたまthe watch=「その時計」が一致しているだけである。
英語の指示詞でもう1つ間違いやすいのは、thatの範囲である。日本語で「あれ」と言うと、話し手からも聞き手からも遠い場合であるが、英語では話し手から遠い場合で、聞き手は考慮しない。だから、相手の時計はあえて指示詞をつければthat watchになる(そして2回目からitかthe watchになる)。
この「聞き手を考慮しない」というのが初級者にはピンと来ないらしく、いきなりitやthe watchを使ってしまうわけである。
itはthisやthatとは明確に区別すべきだ。thisとthatが話し手の領域の内か外か具体的な場所で考えるのに対して、itは聞き手と話し手の共通領域という、いわば「架空の場所」にあると考えるべきだだろう。
先述のように、that watchは「あの時計」と「その時計」の可能性がある。「『あれ』も『それ』もない、that watchはthat watch」と思えたら、指示詞に関してはめでたく上級入り、冠詞についても基本を含む7割はわかったと考えていいだろう。

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