続・『英文解釈教室入門編』は進歩か後退か | 真面目に脱線話@リンガランド英語塾

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前回、『英文解釈教室入門編』について、伊藤読解法の進化において「学校英語プラスアルファ」という陳腐な形の参考書を出版した意義が明確にわからないと繰り返し述べた。



もちろん大義名分はある。それは伊藤先生がいったん自己批判した『英文解釈教室』という本の『改訂版』を出したことだ。



『改訂版』を出したというのは、その教育的配慮において『ビジュアル英文解釈』の優位を認めながら、やはり、『英文解釈教室』が読み継がれる価値があると判断したからだろう(1つには、一読ではわかりにくい『ビジュアル英文解釈』の「思想」を解き明かした指導者のための「謎解き本」としてだろう)。



だから、そこをゴールとして、『入門編』→『基礎編』→『改訂版』とつづく「もう1つの伊藤読解法」のスタートラインを引いた参考書と定義づけることは可能である。



ただし、それはあくまで表向きのことだ。『改訂版』からあるからと言って、その2つ前の本を書く必然性はさほど大きくなく、せいぜい『基礎英文解釈教室』があればじゅうぶんのはずである。『入門編』の必然性にはならない。



では、『ビジュアル英文解釈』に到達した伊藤和夫が、なぜ『英文解釈教室入門編』という「後退した」参考書を書いたのか。







実際の答えは本人以外誰もわからないのだが、私なりに出した答えがある。そのヒントとなるのが、復刊することとなった『英文法どっちがどっち』である。



『英文法どっちがどっち』は、品詞の区別を練習するための本で、『入門編』の前提となる部分をまとめたような構成になっている。この区別の仕方がAかBかという二者択一で統一されているのが、最大の特徴だ。



これまでの伊藤先生の考え方は「英語が読める者が見たら、自然とそう予想するであろうこと」を徹底的に教えることである。「最初に名詞が来たら主語と考える」というのは、9割方がそうだから、そう考えるのが合理的だし、実際、英語を読める者はそう考えているということだ。



残り1割の「例外」についての扱い方が『英文解釈教室』と『ビジュアル英文解釈』では大きく違う。『英文解釈教室』では残り1割の例外をゼロにすべく、まれにしか出てこない構文でも網羅している。それに対して、『ビジュアル英文解釈』では、標準的な英文を集めて、「出てきたら取り上げるが、ここで出なかったものは扱わない」という方針なのである。



つまり、例外は例外として割り切って、切り捨ててしまったわけである。だから、『ビジュアル英文解釈』は基本を作る参考書であり、それ以外(=特殊な例外)は経験によって理解せよ。それを理解できる下地は作ってあるということを意図している。



これは、すべての学習者が『英文解釈教室』に出てくるような難しい英語をやるのではない、という前提から生まれたものだろう。『英文解釈教室』までの伊藤先生は「東大より難しい」という駿台のクラスを持ち、東大受験者しか見えていなかったが、だんだんと「普通の受験生」「普通の高校生」へと目を移したからといのもあるだろう。



『英文解釈教室』では「難しい論文を英語で読まねばならない者」を前提としていたが、『ビジュアル英文解釈』ではもっと広い層を取り込み、あとのことは自主性に任せるといった面がある。



そうやって考えていくと、『英文解釈教室入門編』は「高1に向けた」という大義名分以外に、深い意図が見いだしにくい。



ただし、この参考書には、1つだけ大きな特徴がある。それが単なる構造分析ではなく、「AかBか」という「二進法」になっている点だ。その前段階として『英文法どっちがどっち』という参考書で、品詞決定の二進法がうまくいくかどうかの実験をおこなったのだろう。そして、それがうまくいったがために、『入門編』という次なる壮大な実験がおこなわれたのだろう。




実は、「二進法の英文解釈」という言い方は、伊藤先生の回りを取材した本にも取り上げられている(江利川春雄著『受験英語と日本人』、晴山陽一著『英語ベストセラー本の研究』)。だから、このことは私の推測ではあるものの、ある程度の妥当性はあると考えている。



また、私は伊藤先生の書いたものから、コンピュータ理論(フォン・ノイマン理論)について勉強したのではないかという形跡を感じたことがある。



コンピュータはまさに0と1の二進法で情報を処理していく方法である。伊藤先生はもしかしたら、「次のステップ」として二進法で英語を読む方法を考えていたのではないだろうか。



『英文解釈教室』なり『ビジュアル英文解釈』なりで英語を勉強する際は、品詞の区別についてほぼ十全にできることが前提とされている。だからこそ、学校でやるべき基本情報に触れないで「9割の予想どおり」を身につけさせることができる。



だが、もし前提となる「学校でやるべきこと」が学校でやれていなかったとしたらどうなるか。これこそが、まさに伊藤先生が直面した問題である。



いわゆる「詰め込み教育」の見直しが図られたのは、1980年半ばあたりからである。



英語の授業時間が減らされ、語彙数が削られ、文法の中身も削られた。その上に「文法害悪論」が盛んに論じられるようになり、英語を正確に訳すような授業をやる教師は、一部の「先進的な」英語教師から「訳読主義者」と罵られるという現象すら起こり始めた。



そうなると、十全たる学校英語が前提とできなくなるのである。



この状況に多くの英語講師が「漢文的な分析」で対応した。



つまり、英語を絵のように静的な対象として、ひととおり眺めてから「ここは名詞で主語」「ここは述語動詞で過去形」などと決定するわけである。そこでは英語の語順はいったん棚上げされており、漢文訓読法に近いやり方だと言える。



だが、これは伊藤解釈法では譲れない一線である。「英語は英語の順番で読まなければならない」ということは、伊藤先生にとっては崩しようのない大前提だった。



英語は、語順で文における要素が決まる言語である。日本語は「私が」「学校で」など、助詞がつくことで要素が決定されるが、英語には助詞がない。だからこそ「最初に名詞が来れば、それを主語と考える」という「予想」という段階が必要なのである。



そこで、伊藤先生が出した答えが、二進法で品詞を決定して読み進める方法論を確立することではなかったのだろうか。



たとえば、Walking in the streetで文が始まったときに、このWalkingにはいくつかの可能性がある。ただ、Walkingを名詞(「散歩」「ウォーキング」)ではなくwalkのing形だと考えれば、副詞(分詞構文)か名詞(主語)のどちらかである。こういった類例を積み重ねることによって、副詞か名詞かの二択の枠を頭に作ってしまうという方法である。



『英文解釈教室』や『ビジュアル英文解釈』であれば、これを副詞と予想した人は、次にisというbe動詞を見ることで名詞に修正し、逆に名詞と予想した人は、次にカンマが来て、I foundを見て、副詞に修正するわけである。




どちらを予想するかは、経験によって「どちらが頻度が高いか」に拠るのだが、いずれにしても「最初に予想する」という作業をする。それは、英語を読める人は無意識にその作業をやっているからである。



それに対して、二進法でやっていけば、そこまでの負荷はいらない。単に品詞の知識さえあれば、あとは「AかBか」の枠組みを作っていくだけである。学校英語の知識が不足していても、とりあえず中学レベルの文法を使い、それを「AかBか」の二択に再編することで、「読める」というレベルまで引き上がることは可能になる。



その壮大な実験が、『英文法どっちがどっち』、そして『英文解釈教室入門編』で試みられたのではないだろうか。そう考えると、この2冊の存在意義が理解できるのである。






また、「二進法の英文解釈」が成功すれば、実は、機械翻訳についても大きく貢献する。コンピュータでは『英文解釈教室』で示されたような「高度な誤読の訂正」は難しいが、「この品詞はAかBか」というレベルのデータの蓄積であれば、大きな飛躍なしに機械的な翻訳法の確立が可能になる公算がある。



私は機械翻訳について全くの無知だが、機械翻訳開発と伊藤読解法はかなりのところで接近していたのではないかと邪推している。



さて、私の推測がもし当たっているとすれば、最大の問題はこの試みが成功すべきものであったかどうかである。



『入門編』については、それは中学文法を使ってとりあえず英語が読めるというレベルに引き上げる参考書として成功を収めたと言っていいだろう。実際、完成度の高い素晴らしい参考書である。



問題は、この「二進法」の試みが、最後に『英文解釈教室』や『ビジュアル英文解釈』のような完成度で成功したかどうかだろう。



もちろん現実として、不世出の天才の命はその手前でついえた以上、「わからない」としか言いようがない。ここまで読んでくださった方は答えを欲しがるだろうが、私の頭のレベルで結論を出すのは不可能である。



ただ、夏目漱石の『明暗』の続きを書いた作家たちのように、「自分が伊藤和夫なら」という気持ちがわき、その一方で「失敗するくらいなら、出なくてもよかったのかもしれない」という気持ちもないではない。



いっそのこと、伊藤和夫の霊が自分に乗り移り、失敗なら私の名前で、成功なら伊藤和夫の名前で出せないか、なんて、ろくでもない妄想までしてしまう。



もちろん、伊藤先生の霊が取り憑くほどの器ではないので、「霊」が存在したとしても、その可能性は皆無だ。なら考えるなと言いたくなるが、ちょっとした病気なのだろう。



(この項おしまい)



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