もちろん、組織ぐるみが悪いのではない。組織として統制がとれているのはむしろ長所だ。また、組織ぐるみでフロッピー改ざんをやったわけでもないだろう。特捜部の問題点は、捜査に関して「まず結論ありき」であるところである。
特捜部(特別捜査部)は東京のほか、大阪と名古屋に置かれていて、それぞれの地方検察庁の下部組織である。ただし、手がける事件は政治家汚職や大型経済事件ばかりなので、そのトップである特別捜査部長は強大な権力を持っている。
問題点がもう1つある。それは特別捜査部長に就任した者は「手柄がほしくなる」ことである。もちろん、人情としてはわかる。歴代部長の業績が並んでいるところで、自分のところだけ空欄になるのは確かに愉快ではないだろう。
では逆に、特別捜査部長にとっての最大の手柄は何か?
言うまでなく、それは大物政治家や高級官僚の不正である。その政治家や官僚が大物であればあるほど手柄は大きくなる。
では、いま一番の大物は誰か? おそらく「小沢一郎」という答えが一番多いだろう。
そう考えると、特捜部が小沢氏にこだわり、ずっと狙い続けているのもわかってくる。ようするに手柄がほしいのである。
また、小沢氏は世間のイメージと違って、部下をがんじがらめにするタイプではなく、わりと自主性にまかせるところがある。特捜部が「叩けばほこりが出る」と考えてもおかしくはない。
しかし、小沢氏は田中角栄が検察の手によって「犯罪者」に仕立て上げられる過程をつぶさに見ている。そのへんでスキがあるわけがないのである(と私は思う)。
最初は西松建設の献金問題、次が収支報告書の不記載である。2つめについてはなんと1年半も捜査に費やし、秘書を2人も逮捕し、特捜部のエース前田検事を投入しての不起訴である。
その間、特捜部はマスコミを通じて「小沢は悪人」という情報を流し続け、世論を「小沢有罪論」に誘導し続けた。そのあげくの不起訴。検察もマスコミも赤っ恥もいいところである。
ところが、話はこれですまない。検察審査会は審査員11人の全会一致で小沢氏の「起訴相当」を議決してしまう。つまり、一般市民から「もう1回小沢を捜査して起訴しろ」ということである。1年半の捜査で何も出てこなかったのに、である。
だが、これは当然の帰結でもある。検察審査会は一般市民で構成されているので、特捜部がマスコミを通じて流し続けた「小沢はクロ」という情報を、そのまま信じているからである。特捜部が「小沢はクロ」と印象操作してきたのだから、事実は「シロ」であっても、一般市民はそんなこと知るわけがない。「小沢はうまく逃げただけだろう」とでも考えるのが自然だ。
困ったのは小沢氏ではない。特捜部である。なにしろ、小沢氏が「シロ」であることをいちばんわかっているのは特捜部である。
それなのに、市民からもう一度捜査しろと言ってきた。やらざるをえない。だが、「不起訴」にすれば特捜は無能、「起訴」にすれば過去の捜査実績を否定することになる。進むも地獄、戻るも地獄。
実際のところ、いくら「起訴相当」と言われても特捜は「シロ」にするしかない。材料がないし、過去の捜査を否定できるわけがない。否定すれば、「組織ぐるみ」がばれてしまう。
特捜部はこれから「不起訴」の証拠固めという何の生産性もない作業をやらされることになる。「骨折り損のくたびれもうけ」である。しかも、結局「シロ」の判定を出さざるをえないので、「クロ」と思っている一般市民は、「結局シロでした」と言われれば、「あんたら無能か!」とつっこまれるだけである。絵に描いたような自業自得である。
とはいえ、いずれにしても、特捜部の問題点は残ったままだ。検察捜査の「透明化」が必要なのは明らかである。今後は特捜部の暴走をいかに食い止めるかが大切になってくるだろう。同じく特捜部の強引な手法にやられた鈴木宗男さんあたりにがんばってもらうしかないだろうか。
さて、小沢一郎と検察はどちらが「悪」なのだろうか。もちろん言うまでもないだろう。
(この項終わり)

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