日本野球では、チームが勝つことを第一に考える。それは大リーグでも同じであるが、選手ひとりひとりに要求されるものが全く違うのである。
大リーグはそれぞれの選手が自分の能力を最大限に発揮することを求められるのに対して、日本野球では個性を殺してでもチームに貢献することが求められる。
そのために、日本野球にはある種の「ずるさ」がつきまとう。日本ではいかに相手のミスを誘い、そこにつけこみ、一気に自分に有利になるようにすべて計算してプレイする。ダブルプレイになりそうなときに1塁走者が二塁手の一塁送球を邪魔するようなことがまさにそれである(WBCで中島裕之が韓国チームにそれをやって、中島は韓国マスコミで叩かれまくった)。
だから、日本がWBCで二度、優勝していることはさほど不思議なことではない。WBCのような「勝ち抜き戦」では、いかに失点を少なくして、ミスをせず、少ないチャンスを生かすかがポイントになる。これはまさに日本野球そのものである。
日本野球は日本文化そのものである。西武ライオンズでは3番を打ち、守備もおおざっぱで、バントなどほとんどやらない中島が、2番の役割を与えられると、エラーすることなく(正直、びっくり)、きちんとつなぎの野球をした。中島はWBC選手でももっとも出塁率が高く、決めるべき場面でバントも決める立派な2番打者だった。
コーチから細かい指示などなくても、「中島、おまえは2番で頼む」と言われただけで、自分がなにをすべきが把握できる。これは子供の頃から「チームの中の自分」をいつも考える訓練を受けてきたからである。
また、日本代表が早くからキャンプをはり、連係プレイの練習をやったのも、日本野球においてチームが成立するにはそれが必要だからである。日本人監督であれば、どれくらの期間、何をやればいいかは何も言わなくてもわかるものである。アメリカではありえないことだろう。
もちろん、日本野球でも大リーグ的な「個性の輝き」がないわけではない。ときどき、「のびのび野球」と称されて、大リーグ的におのおのが個性を発揮して勝ち進むようなチームが現れる。たとえば、「マシンガン打線」と呼ばれた1998年権藤博監督ひきいる横浜ベイスターズや、2008年の渡辺監督ひきいる西武ライオンズがそれである。
しかし、のびのび野球は長くは続かない。研究し尽くされて、あっという間に凋落する。ベイスターズは翌年3位に、ライオンズは翌年4位に陥落するのである。
この野球をおもしろいと見るかどうかは見ている側にゆだねられるが、それは選手にとっても同じである。
昨年のオフに中島がチームにポスティングによる大リーグ行きを嘆願している。どうもそれはかなわなそうだが、今やプロ野球を代表する人気選手の1人で、日本にいれば高年俸も確約されているのに、なぜ大リーグ行きを希望するのか。大リーグで成功するかどうかはわからない。失敗すればすべてを捨てなければならないのにもかかわらずである。
それは、日本野球では自分を殺し続けなければならないからである。
中島は常に耐えている。まともな勝負はしてもらえず、ぶつかりそうな内角球を常に投げられ、それでもチームのために冷静に打席に立ち続けていることに嫌気がさしているのだ。
もともと中島は無名校の出身で、基礎もできておらず、ドラフトで指名されるのが不思議なほどの選手だった。それが今や一流選手の仲間入りしたのである。「ダメでもともと、アメリカで力勝負してやるで!」と考えているのだろう。
私には中島の気持ちが痛いほどわかる。
続きます。
