「精神的に向上心のないものは馬鹿だ」 | 真面目に脱線話@リンガランド英語塾

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英語や芸能など、思いついたことを適当に書いていくという、そういうブログです。

夏目漱石をかたっぱしから読んだ時期があります。普通に入手できる本はほとんど読んでいるのではないかと思っていますが、自分の中で解決できないことがいくつかあります。



その中で『こころ』(本当は『心』らしいのですが、漱石はそのへんがいい加減)の中の「精神的に向上心のないものは馬鹿だ」というセリフは、中学生のとき読んで以来、ちゃんと消化できず引っかかったままです。



主人公は下宿先の娘が好きなのですが、親友も同じ気持ちであることに気づき敵愾心を持ちます。親友はいちど主人公で向上心の欠如で責めたことがあり、親友の恋心をついて、このセリフをぶつけます。「精神的に向上心のないものは馬鹿だ」



主人公はこの言葉が「復讐以上の残酷さを持っている」と述べます。私はそれを、親友がもともと「常に向上すること」に唯一無二の価値観を持っていて、彼の恋心を「向上心」という観点から責めれば身動きがとれないという意味に解釈していました。たぶん多くの読者がそうではないかと想像します。



親友は結局自殺してしまうのですが、なぜそれだけのことで自殺してしまうのか私には納得ができませんでした。



物語を追っていくとわかるのですが、下宿の娘さんは明らかに主人公のほうを選んでいます。もともと親友のほうには想いが遂げられる余地はありませんでした。主人公が親友を制したのはたんなる「だめ押し」です。



ただ、「向上心のないものは馬鹿だ」という主人公の言葉が自殺の大きな原因であるのは間違いなく、私はその言葉が漱石にとって否定的な内容であると思い込んでいました。



おとなになってまた考え直してみると、それが否定的なことであったか疑問に感じ始めました。むしろ漱石は「向上心」に肯定的であり、否定したかったのは公(おおやけ)と私(わたくし)のうちの「私」に流されるような者ではないかと。



漱石が否定したのは「向上心」ではなく「私」だというのが最近の考えです。



と言うのも、自殺した親友はじつは漱石なのではないでしょうか。ロンドンで漱石がなそうとした志(こころざし)が「私」果たせなかったことは自分を責めて、物語の中で一度抹殺したのではないか。今はそんな気がしています。



恋をすることが向上心の欠如とイコールになるような当時の状況は実感としては理解できません。ただ、「恋をしてステップアップ!」みたいな雑誌や本のタイトルを見ると、国民全員に大きな目標があった漱石の生きた当時を、ちょっとだけうらやましく感じたりもすることがあります



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