正しさって、
ときどき刃物のように人を突き刺します。
「あなたは間違っている」
「私は正しい」
こう言い張っている時、
なんだか自分の価値の方が、
相手よりも高いような錯覚にとらわれます。
そして、
その正しさのためなら、
相手を傷つけることも、
正当化される気がしてしまいます。
それどころか、
自分が正義の味方であるかのような気分に酔い、
間違いを犯している相手は、
どんな手を使ってでも駆逐しなければならないと、
攻撃的になる人もいます。
でも、
高次元からすべてを見ると、
正しいも間違いもありません。
どっちかだけが正しくて、
どっちかだけが間違っているというほど、
この世は単純ではありません。
正しさにとらわれると、
視野が狭くなり、
真実を見失います。
相手の気持ちや背景への「配慮」もなくなり、
殺伐としてきます。
その延長線上に、
戦争がある気がします。
結局、
正しさにとらわれて窮屈な思いをするのは、
自分自身です。
必要な抗議や主張はもちろんしていいと思います。
それもせずに、
ただ我慢しろというのも違うと思います。
ただ、
人類が進化できるかどうかは、
「正しさ」という呪縛から自由になれるかどうかに
かかっている気がします。
思いやりをもって相手を理解しようとたり
助け合ったりすることも、
できるはずですよね。
それは、
自分の正しさを理路整然と主張し、
相手を打ち負かすよりも、
ずっと高度なことです。
私たち人間には、
それだけの能力も愛も備わっています。
自分の世界を愛と平和な世界にするのか、
それとも、
闘いと争いの世界にするのか……。
それは他の誰でもない、
自分自身の選択にかかっている気がします。
新時代が始まった今こそ、
その能力を使っていきたいですね。
それではまた![]()
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今日も素敵な1日を![]()
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