夏休みの自由研究って宿題、あったでしょ。

あれ、好きじゃなかったわあ(笑) 

 

 

だけど今は、

自分の興味のあることを

自由に研究するのが大好きです。

 

夏休み期間には、

各地の博物館で、

縄文関連の企画展をやるので、

あちこち気ままに足を運んでいます。

 

 

博物館で展示を見ているときは、

ものすごく集中しているので、

近寄りがたいオーラが強烈に出てしまいます。

 

なので、

もしもどこかの博物館で、

私を見かけても、スルーしてくださいね。

 

そんな話はさておき、

先日、山梨県立考古博物館で、

釣り手土器の企画展を見てきました。

画像:夏季企画展のご案内(表面)

 

何のために釣り手土器を作ったのか?

未だに解明されていません。

 

灯を点したと思われる

黒い燃えカスがこびりついている釣り手土器もあれば、

全くそんな形跡のない釣り手土器もあります。

 

真正面から見ると、

なんとなく人の顔のように見えるのに、

裏側から見ると、

どう見ても宇宙人にしか見えないような、

異様な釣り手土器もあります。

 

 

釣り手の一番高いところに、

人間の顔がついているものも作られていたのですが、

わざわざその顔面部分を破壊した形跡のある土器も、

かなりあります。

 

 

 

なんでわざわざ顔面を破壊したのかも、

わかっていません。

 

 

どう考えても日常用品ではなく、

祭祀用の特殊土器だったのだろうとは思いますが、

それにしても不思議な形です。

 

 

でね、

いつものごとく

じ~~~っと土器を無心に見つめていたら、

土器からあるメッセージが伝わってきたのです。

 

 

 

「すべての行為が宇宙へ感謝を捧げる行為だった」

 

 

 

それはとても静かで穏やかな周波数だったのですが、

同時に命の熱のようなものが脈打っていました。

 

 

5000年以上も前のものなのに、

今も命が息づいている……。

 

 

この釣り手土器を創るとき、

どれだけ魂を込めて創ったのか、

作り手の女性と思われる人の姿も

うっすら見えた気がしました。

 

 

縄文人はきっと、

常時宇宙とひとつであることを感じていたのでしょう。

 

 

だから食事も、

自分が食べているようで、

自分の体を通して、

宇宙に食事を捧げていたのでしょうし、

 

森に入って木の実を取るときも、

木の神様から

命を分けていただくという感謝が伴ったでしょうから、

むさぼり取るということもしなかったのでしょう。

 

人と言葉を交わすときも、

相手の中に神聖なものを感じながら言葉を紡ぎ、

愛を載せて捧げたのでしょう。

 

 

……妙に納得してしまいました。

 

 

私たちは本来、

無限なる宇宙とひとつの神聖な存在。

 

 

この命だって、

自分の所有物ではなく、

一時的に宇宙から預かっているだけのもの。

 

 

そう思ったら、

その神聖な命を使うすべての行為は、

本来、宇宙への敬虔な感謝からするべきものなのかもしれませんね。

 

 

お茶碗洗うときも、

お風呂で体を洗うときも、

そんな気持ちでやってみると、

とてもがさつにはできなくなります。

 

 

そして、

すべての瞬間が尊い瞬間に変わります。

 

 

そうか……

 

 

 

 

 

 

これからは、

「すべての行為が宇宙への感謝を捧げる行為」

せめて思い出したときだけでも、

そう思ってやってみよう。

 

 

 

おおお!

そう思った瞬間に、

自分の背後に無限の宇宙が広がっているのを感じるぞ!

 

すごっ!

 

縄文人恐るべし。

 

 

 

ただの気のせいかもしれないけどね(笑)

 

 

だとしても、

とっても素敵なメッセージでしたとさ。

 

 

それではまたニコニコドキドキラブラブドキドキ

今日も素敵な1日を虹花火風鈴七夕カキ氷波浮き輪虹

 
 
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