あなたは今、どこに立っているのだろう?

 

1丁目の3番地に立っているのに、

3丁目の3番地から歩き出せないでしょ。

 

今いる場所以外のところからは、

誰も歩み出すことはできない。

 

それなのに、

「いいえ私は、3丁目の3番地にいます」っていくら言ったって、

違うものは違う。

自分の現在地を3丁目の3番地だって頑なに言い張って、

そのつもりで地図を見て、

こっちだと思って進んでも、

行きたい場所には着かない。

 

だから現在地がどこか知る必要があるんだよね。

 

 

 

今のあなたの正直な気持ち。

 

それが現在地。

 

あなたの現在地は、どこ?

 

わかったふりも、

できるふりも、

現在地を惑わす。

 

 

悲しいのに無理して笑顔になることも、

欲しいくせに大丈夫ですっていうことも、

現在地を惑わす。

 

 

まず現在地からスタートする。

 

 

今、自分は悲しいんだな。

愛してくれなくて寂しいんだな。

はらわたが煮えくり返っているんだな。

 

いいじゃん。

 

それでいいじゃん。

 

ここが現在地なんだなって認めてしまえばいい。

そうすれば、次の一歩の方角を間違わない。

 

 

でも、カッコつけているうちは、

現在地がわからないから、

明後日の方角に向かって歩き出す。

 

 

現在地は、いつも血が通っている。

足の裏で地面を踏みしめている強さがある。

 

 

どんな現在地であろうと、

自分の立っている場所を恥じる必要なんてない。

 

 

私は今、

ここに立っている。

 

 

そう認められたら、人は力を取り戻す。

見据えた方向に向かってまっすぐ歩いていける。