夫の父親は癌である。


見つかった時にはすでにステージ4とやらで
手の施しようが無い状態だったみたい。



てか、その時、全身くまなくレントゲンやらMRIやらを撮ったのに
癌発生部位がわからなかったんだ。

内臓は全部キレイで、、、


なのに、血液やらリンパ液やらから??
癌反応が出る。


見た目はすごく元気で
これのどこが末期癌患者なのかと思うほどだった。







癌発覚から、かれこれ半年ほど過ぎたんだろうか。

癌はついに全身に転移した。



とうとう口から食事が摂取できなくなり
ホスピスに入院することになった。





私はココに書いたことがあったかな。



夫の両親は離婚している。

原因は、父親の脱サラ失敗。 らしい。




どんな仕事から、どんな仕事に変わったのか
失敗とは、何だったのか
私は具体的には知らない。

言わないし、聞かないし。



ただ、とにかくお金が無くなってしまい
次の日食べる食事にも事欠くような状態が
幾日も、幾日も続いた・・・・・


というコトは、チラリと耳にしたことがある。



隣の家から、ゴハンをおすそ分けしてもらったことが
何度もあったとも聞いた。





脱サラ失敗のせいか、その他理由もあるのか
そこらへんも詳しく知らんのだが
夫の父親は、自分の姉弟とも縁を切ったらしい。


ある日を境に、自分と血がつながる人間とは
一切会わなくなった。




夫は社会人になってから
独り立ちをしたという自負からか、母親に遠慮することも無くなり
父親と連絡をとるようになった、と言っていた。


父親の困窮暮らしが
実際のところ、どんなもんか、私は知らん。



結婚する前に、夫から
自分の預金通帳から、定期的に何十万という単位で
お金がおろされているが
それは父親への生活費である、、と告げられたことがある。


父親は「いくらいくら貸して」 と言うから
その都度渡している、とか。

でも、きっと返ってこないから。
自分は、あげたつもりでいるから。

それでもいいか。




と。


私は、どうぞ、どうぞ と言った。
要するに、よくわかっていなかったからだ。

今でも、わかってないけど。



夫すら、実は父親にものすごい借金があるのかもしれない
なんてことを不安視してるくらいだしな。






ホスピスに行って
入院保証書?みたいなんを書く。


支払い者のところには
当然のよーに夫の名前が書かれる。



連帯責任者には、弟の名前。




父親は、子ども達に

ありがとうと、一言でも言ったのだろうか。







高額医療なんとかを手続きしても
月8万~9万はかかる入院費。

いつ息を引き取ってもおかしくない状態であるが
いつまで生きているのかだってわからない。

8万円×何カ月分
夫は、父親の入院費を払い続ける。



入院する1週間ほど前までは
父親だって、どっかで働いていた。

お給料は出てるはずなんだけど。




メールで、夫に、4万円貸してと

連絡がくる。



生命保険にだって入ってないくせに
貸してって。


どやって返すつもりなんだろう。



町内会費を払い時期だから、それもお願いしたい。


洗濯物を・・・


何とかのDVDが見たい



誰それの音楽を聴きたい





子育て出来なかった父親が
子どもに全てを依頼する。


夫も、妹も弟も
全てを行う。





父親の姉弟も、お見舞いに来た。

20何年ぶりっていってたかな。




夫の母親の妹達も来た。






でも、それだけ。




「家族」 だけ。








友人という名の人は誰も来ない。

同僚だという人も来ない。





他人は一切来ない。









自分が捨てたはずの「家族」


それだけが、最後の顔を見にやってくる。




それなのに、いつもどこか偉そうに
ウンチクを語る。

得意分野においては、夫が注意したって止まらない。


孫と将棋をして


「じーちゃん、明日死ぬかもしれんけど

もう二度とじーちゃんと将棋したくない」


と言わしめた、ある意味ツワモノ。









そりゃそーだわな。

返すあてもないのに、お金貸してって言うくらいだもん。




ま、別に私は、お金を渡すことは
どうでもいいんだけどね。

夫がいいと思ってるのなら。


夫に、扶養家族にしたら?

なんて提案しちゃうくらいだもん。



詳細を知らないがゆえに
オヒトヨシの嫁(←私)








明日、死ぬかもしれない身をもって
何を考えるのだろう。



自分は正しく生きたんだ


と思うのだろうか。



それとも後悔をするんだろうか。
























私は。











私は、、、、

できれば笑い死にしたいかなぁ。





こないだダイスケくんに会った時
全身こしょぐられて、狂ったよーに笑ったとき

このままだったら、死んでもいいかな


て一瞬よぎったし(笑)










先読みのし過ぎは、あんまり好きじゃないんだけど
こゆんを目の当たりにすると

自分が死に際で、どうありたいか、と考える。


目標が定まったら
その過程は、かなり漠然でもいいんじゃないか。


そしたら、今目の前にある事柄は
ものすごく小さなことかもしれない。





ダイスケくんに、「お守り」を作ってもらった。



そこには



大丈夫っす。

そこじゃねんで。




と書かれてある。



私が悩むところは、私が考えるべきところは
ココじゃない。



自分が、どうであったら幸せなのか。




だから、夫の問題とか
ましてやこの夫の父親の問題なんて
私が何も思うところでは無いのだ。





じゃ、どこなんだ?


という問題。










そのために私は。




ちょっとだけ旅に出た。