去年の今時分
私は日本へ帰国することを決めていた。


往復のチケットを買ってはみたものの
もう、ココ(アメリカ)には戻ってこないかもしれない、、、
という気持ちもあった。





近所の駐妻と、パンの宅配を
一緒に注文することにしていた


前任者から、大きなお皿は、ホームパーティで役立つから
とアメリカならではグッズをたくさん譲り受けた


お稽古も今年の分が終了し、じゃぁ、来年の初日にランチでも




と、 自分の気持ちとは裏腹に
次々と新たな約束ができていった。



約束が交わされるたびに
ものすごく苦しかったことを、よく覚えている。






RCと付き合っていたことが
夫にバレ、夫は毎日私を責め続けた。

責めるのに飽きたら
今度は、疑心暗鬼 で、私を疑い始める。


どこに、誰と、何してた



毎晩、アリバイ確認だ。




苦痛だった。

とにかく逃げたかった。





勇気さえあれば、この荷物をまとめて
夫が出勤している間に、日本に帰ってしまっていただろう。





でも、私にはできなかった。



世間体。








それが私の全てだった。


今、帰ったら、私は、一生、この州で
語り継がれる女になる。




耐えられないと思った。






また、もし、離婚することになって
帰ったとしたら、駐妻離婚! の文字は
会社中を飛び交うだろう。


小さな田舎町にある会社である。
噂は、近隣諸市に響き渡るに違いない。


私の実家は、その圏内だ。








私は、生きるために、日本で働かなければならない。



離婚した駐妻 なんてレッテル貼られて

しかも英語もしゃべれない30過ぎの女

雇ってくれる会社なんてあるワケ無い。





こんなちっちゃなプライドと不安が
私の離婚+日本帰国を躊躇させていた。





そんな矢先。
何かを察したように、母からFAXが届いた。


「日本に帰ってこないの?」

「お父さんが寂しがってるよ・・・」





父は、交通事故を起こしていたのだ。
加害者側。
自分は何とも無く、相手が複雑骨折。

いくら体が健康でも、それはそれは落ち込んで
いるだろうと、容易に想像がつく。





私は、母の願いに乗ることにした。


夫に拝み倒し、何とか
帰ることを承諾してもらった。

もちろん、夫も一緒に帰ることにしたが
仕事の都合で、1週間のみ。


夫は、私も一緒に連れて帰りたかったよーだが
私はとにかくいろんな言い訳をし
一人で2週間 残る権利を得た。



一人にならないと、できないことがある。



そう。

帰国の本当狙いは、RC に会うことだった。




とにかく、RCに会って、事情を説明したかった。
あわよくば、復縁  なんて、
本当にふざけた祈りも持っていたのだが
それはさておき、会って、直接話がしたかった。




でも、私がいくらメールを送っても
全く返事をよこさないRC。


日本に帰るのに、会えないだなんて
自分的にはあり得ない。



どーやて会おうか考えた末
私は、まずLSくんを利用することにした。



LSくんからRCに連絡をとってもらう

もしくは

もう一人のRCの日本人親友 BIくんと
一緒に行く話をつけてもらう。




BIくんは、私と出身県が同じだったので
一緒に行く とするには 丁度いいのだ。



「実はね、相談があるんだ。 時間とれる?」



相手の懐に入り込むには
“下”から潜るのが一番手っ取り早い。



私は、31年間の知恵と経験をフル稼働させ
「女の底力」 を発揮させ
LSくんに取り入り始めた。


いちいち言葉を詰まらせながら
時には、涙を溜めながら
LSくんにRCの相談をした。



もちろん、そういった関係であったことは言わない。

あくまで、友達として、というスタンスで望んだ。
ただ、相手に悟られる分には、問題ないと思っていた。



私とLSくんは、薄暗い教室の中
4時間、話続けた。



4時間分の実りはあった。
1年前の12月2週目。




もう帰ってこないかも

と思いながらも


LSくんという新しい男と私が、一歩近づいた週だった。