今日は、ハロウィンであるのだが、予定が全く無い。
めちゃくちゃ寂しい限りである。

今からでも、誰か駐妻仲間の家に電話をすれば
一緒に 「trick or treat 」 できるのだが
なんか、電話かけるコトが、面倒くさいし
近所の顔を知っている子どもが、ウチに訪ねてきて
くれたら、ちょっとウレシイかも、と自分に言い訳して
出かけないコトとした。



去年のハロウィンの日は、至上最悪の日だったから
それを思い出すだけでも、出かける気力が失せる。
まさしく、ゴーストに呼ばれた日・・・・。



私が、いつも 
「ヒマだ、ヒマだ」 とか
「もう、今はできないけど」


という事態になったのには、理由がある。

それは、

2004年10月31日


予想だにしていなかった。
至上最悪、最低の日を迎えてしまったから。



その日。
私は、前任者のお宅へお邪魔して、
そこの子ども達とハロウィンを楽しんでいた。
そこへ、1本の電話。
夫からだ。


「離婚! もう、離婚!」

第一声。

周りに、日本人はたくさんいる。
私の周囲の状況などお構いなし。

私は、周りの目を気にしながら
とりあえず電話を切ろうとする。

「はぁ。 で、どうすればいーの?」


「何、余裕なこと言ってんの?」
「もう全部わかってるから」



確かに身に覚えはある。
でも、確証なんか無いハズだ。 


「何言ってるの? みんないるから、帰ったら・・・」

「R××C△さんのことについて話さないと」


「!」



電話ごしに、血の気が引いた。
夫は、私の“相手”の名前を口に出したのだ。 


「わかったから。 じゃぁ、迎えに来てよ・・・」


これ以上、電話で話を続けるワケにはいかない。
私は、近所の日本人と相乗りをしてきていたので
先に帰るべく、迎えを要請した。


本当は、張り裂けそうに叫びたい気持ちを抑えて
表面上だけ取り繕う夫と私。
その場を早々に失礼して、車に乗り込む。


「メール、見させてもらったから」

「!!」



携帯では無い。
私のパソコンを、わざわざ電源入れて
outlookを立ち上げて、見たようだ。

基本、メールは消しているのだが
その「削除済みメール」を
「完全に削除」しきっていなかった。


それを、読まれたのだ。


RCは、携帯、私はパソコンで
軽くメールのやり取りをしていた。
やり取りを簡単にするため、webメールを
使っていなかった。 そこがマズった。


「おはよう」
「おはよう、元気?」

「何してる?」
「子供と遊んでる」

「勉強してる?」
「少し」

・
・
・



一見、普通に友達どーしの
たわいもないメール会話。
でも、最後に

「愛してるよ」
「うん、私も。 愛してる」


の文字。

致命的だった。


何も言い訳は出来ない。
できることといえば、目撃情報や写真が無いから

「体の関係は無い」
「彼は、もう日本にいる。」
「もう2度と会うことは無い」


そう言い切ることだけだった。
私は、RCのために、私のために
この場を乗り切ることだけを考えた。



何を言い合ったか、もうほとんど覚えていない。


ただ、精神的に、夫が狂いそうになっていた姿
暴言を吐かれたこと
首を絞められたこと
私が泣き叫んだこと


抽象的な出来事ならかすかに思い出せる程度。

具体的に、何がどーなっていたかは、
私の脳裏からは抹消されている。


その後、私は、RCに電話をさせられ
夫がRCに一方的に「訴える」みたいなコトを言い

私は学校に通うことを止めさせられ
日本人学生と付き合うことを一切しないと約束し

その場を収拾させた。



こうして、RCと私の関係は終わった。


夫がメールを偶然では無く
 “わざわざ”(意図的に) 見たことは、許しがたいが

夫は、元々、メールにプライバシーは無いと
言い切っていたし、そう知っていたのに
夫に「見よう」と思わせる態度をとっていた私がいけない。



面倒くさがりで、ズボラで、うっかり続きの私には
不倫は向いていないのだ。
それでも、刺激を求めた。
何か、自分のココロに足りないモノを埋めるために。


そして、それを自分の手で失った。



あれから今日でちょうど1年を迎える。
私は自分を騙しながら、ココにい続けている。

離婚さえしなければ、とりあえずRCに直接危害が
及ぶことは無い。  その気持ちだけで、今でもココにいる。



1年経って、この答えが正しかったのか、わからない。

夫に監視されるような生活でも
たんたんと生活している。 時間は勝手に過ぎるのだ。


ただ、監視されているよーな、何でも疑われてしまうよーな
生活でも、抜け道はいくらでもある。
自分次第・・・・・・・・
そこで、私は、またイロイロと画策するのである。