1年前のこの日(10月7日)は、寒かった。
衝撃の一言を発した後、RCは一息ついた。
RCの吐く息が白い・・・。
思いもかけない告白に、私はよーやく言葉を口にした。
「なんで?」
言えたのは、この一言だけだった。
日本に一時帰国している間、RCは私にメールをくれた。
それが、この衝撃の幕開けだった。
RCは、日本に帰るや、地元の友達を遊びまくっていた。
らしい。
↑実際の遊びっぷりを見ていないので、よく知らんのだ。
そんなRCを見て、母親がついにキレたのだ。
「今すぐ、荷物まとめて帰って来い!!!」
そう言われたと、RCはメールに書いてよこした。
RCは、語学学校に1年以上通っていた。
それは、付属の大学に入学するためだ。
・・・そう。 RCは、その入学試験に、1年以上、
落ち続けていたのだ。 TOEFLも受けていない。
アメリカでも遊び、日本でも遊ぶ。
こんなダメ息子を、許す母親はいない。
全くもって、金ばっかり使う、DQNな留学生だ。
自業自得だ、しょーがない。
だが、RCは、その状況下でも
自分の貯金から学費を捻出し、なんとか、10~12月の
3ヶ月間はココに留まると、説得すると言っていた。
私は、その言葉を信じていたので
まさか日本に本帰国するだなんて、コレっぽちも
思っていなかったのだ。
RCは、説得が不発に終わったコトを説明し始めた。
聞き続けるほど、私は、体が硬直していった。
顔が引きつった。
RCの「言い訳」を聞き続け、授業が始まる時間だ。
本来なら、RCはクラス分けのテストを受けるはずだった。
RC 「ほな、オレ、校長にココ辞めること言ってくるし」
私たちは、私の授業が終わる11時に再び会う約束をし、
お互いの目的地へ向かった。
私はフラフラだった。
クラスメート達は、私たちの様子を見ていた。
私は全然気がつかなかったけど。
授業中、教室を移動するコトになったとき
韓国人の友達(MW♀)が声をかけてきた。
MW 「サクラコ、なんかあったの?
さっき、RCと話してる
姿を見たんだけど。 すごい深刻そうな顔してたよね?
私 「うん・・・・・。 RCがね・・・・・・。
日本に帰るって」
MW 「えっ?!」
(以上、一応、すべて英語です)
MWもあまりの衝撃に声を失っていた。
私は、そのMWの顔を見たら、今まで我慢していたものが
全て噴出してしまった。
私 「MW~~~」
もう涙は止められない。 私は、泣きながら、MWに抱きついた。
<<<おまいら、授業中だ。
ハタからそんな声が聞こえてきそうだった。
数分後、私は我に帰り、移動すべき教室へ
MWと共に向かった。
授業の内容など、全く覚えちゃいない。
1時間の授業の後、10分の休憩。
私は、一番仲のいい、韓国人の友人2(MY♀)の
元へ向かった。
私 「MY、知ってる? RCのこと」
MY 「RCの何?」
私 「RC・・・・・・。 日本に帰るんだよ」
MY 「え、なんで? なんで?」
MYは、私の手をとり、ビルから外へ出た。
私は、今朝、RCから聞いた話を簡単な英語に訳して伝えた。
突然、MYが泣き出した。
私なんかより、がぜん大きな粒の涙に見えた。
私も泣いた。
2人で抱き合って泣いた。
<<<ココ、学校だし・・・・。
やっぱり誰かがそー突っ込みそうな状況だ。
私たちは、ひとしきり泣いた後ビル内に戻った。
MYには、兄(KS)がいる。
その兄も、この語学学校に通っていた。
MYは、KSを探し出し、ハングルで事の次第を伝えた。
RCが辞めるという噂は、あっという間に広まった。
前日、ココに戻ってきたときには、RCは
日本に帰ることについて、誰1人にも言わなかったらしい。
誰もが、私のチクリで予想だにしない危機に陥ったのだ。
しかし、本人がそのことについて語っていないので
日本に帰る理由は、私のつたない英語の説明文のみであった。
なんだか、真相は不明だが・・・・実は、RCが・・・
みたいな感じだった。
私は、この日ほど、自分の英語力の無さを呪ったことは無い。
授業が終わって11時。
私は、RCと再び会い、ランチに向かった。
一緒に行きたい場所はたくさんあったはずなのに
RCの顔を見ると、何のアイデアも浮かばない。
私は、ただただ、車を走らせた。
RC 「おなか、すいたよ」
どんなに深刻な場面でも、若い者は、おなかがすくらしい。
自分とRCが10歳以上も離れている現実を、時々
味合わされるのだが、まさか、こんな時にまで、とは・・・。
サクラコ、31歳(当時)。
トホホ・・・である。
私は、ふと目に飛び込んできた、ハンバーガーショップの
駐車場に入った。
車を止め、一息ついた。
運転からの緊張から開放された。
と、同時に、いきなり涙があふれてきた。
私は、これまで、数々のウソの涙を流してきた。
許しを請うとき、くやしいフリをしたいとき、男を落としたいとき。
しかし、今日は、自然だった。
RCの顔を見るたびに、ボロボロ・ボロボロ涙があふれてくる。
私は、サングラスをしたままだった。
画(え)的には、かなり滑稽であったに違いない。
が、そんなコトは、その時の私には
知ったこっちゃない。
とにかく、とにかく、泣き続けた。
止められない。
RCは、とても困っていた。
自分だって、帰りたくないのだ。
RCは、12月にある入学試験を受けて
それに落ちたら帰ろうと思っていた。
今回の試験は、本当に最後で、それまでの2ヶ月余り
絶対に勉強すると断言していた。
授業も絶対にサボらないと誓っていた。
私はそれに、惜しみなく協力することを約束した。
私達は、二人で青春の1ページを作ろうとしていたのだ。
それでも、親の金で留学している以上、
親がダメだと言ったら、帰らなくてはならい。
RCは
「もう、決めたことやから。 な? わかって」
と、私を抱き寄せ、涙を止めようとする。
そんなコトしたら、涙の量は増強するばかりだ。
私は声まで上げだした。
その声に、自分自身、冷静になった。
私 「ごめんね」
「もう大丈夫」
と言って、ハンバーガショップに入った。
私の日中は、7時頃までフリーだ。
それまでの1分1秒でも長くRCと一緒にいたかった。
私は、時差ボケで、ちょっと眠そうなRCに
「どっか行こうよ」 と誘った。
RCは、私の気持ちを察してくれ、ボーリングを
提案してくれた。
私は、涙を振り切って、楽しく過ごそうと決めた。
誰が見ていようと構わない。
私たちは、アメリカ人も目を当てられないほど
ラリッた状態でボーリングをした。
1球投げちゃ、彼の膝の上に座る。
振り向いて、抱きつく。
キスをする。
ちょいと遠くのレーンで投げている
小さな子どもが、ジーっと見ていた。
私 「教育上、よくないかな?」
RC 「sex education・・・」
そう言いながら、またキスを交わす。
あんなに濃厚な時間は、もう2度と訪れない・・・・・・・。
アメリカに来て、5ヶ月目。
私が人前で一番泣いた日の出来事である。