2009年3月21日
肺がんで父が亡くなった
羽


医師の長男に生まれたのに医学部中退
文学を志し、百科辞典を売っていた
本
それでも、一生ごはんが食べられるようになり
自由に生きて80歳過ぎまで
大往生とも言えるだろう
星


実は十年以上前に、呼吸が少し苦しいというので
COPDを疑い、受診を勧めたが無視
ィェィっ
両切りピースを2箱50年くらい吸ってたから
当然の発症かもしれない・・・・


普段から自由過ぎる人
退職金もぜ~んぶ使って独り海外へ
旅行
本やらカメラやらワイン買い放題
赤ワイン
少しくらい残してくれればね~母がぼやく
ふぅ。

それでも、肺がん告知からも自由だった父
前年の10月に告知、余命3ヶ月と言われ
手術、ケモを勧められたのに
MRIの途中に点滴を自己抜去して帰宅
パカッ
(ボケてはいない)

その後、病院には行かず汗
せめて近所の医院に在宅酸素療法を依頼するが
通院してこないなら・・と断られる
汗
ケアマネジャーの訪問にも協力せず
やばい…
最後の日まで自宅で過ごした


母に支えられトイレに行き、入浴するようになり、
限界かなと思って
大学院を修了した私が泊まり込むことに
その頃は低酸素血症らしく、朝の事も忘れて
好物の花善鶏めしに似せて私が作ったご飯を4食続けて食べて、旨いと言ってたっけ
名古屋コーチン
まだ、読む気で本屋に本を注文していた
死ぬ気はさらさらなかったのか・・・・


ただ、亡くなる一カ月ほど前から
母を名前で呼ぶようになった
以前は、「お~い」ばかりだったのに
「E子さ~ん」「あなたのお蔭で助かります」「いつもありがとう」
ハート


結婚47年にて初めて感謝の言葉を言われ
母はいまだに「不思議よね~」と嬉しそうに何度も話す
きらきら!!
やっぱり危機感はあったらしい父
いつも通りに暮しながら、感謝は伝える
ハートぃっぱぃ
本当はあなたに敬意を払い、大切に思っていたんだ妻よ・・・と


癌=死
そんなイメージにとらわれることはない
癌は「ありがとう」を伝える時間もある病
我儘放題の父
に見えたこともあったけれど
あなたは立派だったね
好