第35回NYこりんごラジオ(終戦直後に女性の世界進出を切り開く!森分ともみさん) | 自由の女神になりたくて。(New York 50歳からの育児)

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第35回NYこりんごラジオ、オンエアされましたクラッカー
 
 
 
新春! 1月第2週目のゲストは!
 
怒涛の終戦前後をインターナショナルに生き抜いた、元ラガーディアカレッジの英語教師で、文化人類学を専門にしている 森分ともみさん!
 
 
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(この日、NYはマイナス5度まで気温が下がりました!)
 
 
日本語、英語、フランス語を話すトライリンガルな ともみさん。
 
パリは、彼女の お庭! とても気品のある女性。
 
世界各国を飛び回り、実際に移り住み、現地の人の生活に触れていくうちに、
 
特に、フランスの植民地化にあった、国々のを始めとした文化人類学に興味を持ち突き詰めていきます。
 
 
今回は、そんなともみさんの濃厚な人生を、シェアして頂こうと思います。
 
 
まずは、今回、この文化人類学に触れるキッカケとなった幼少期のお話です!
 
 
 
島国ジャパン!
 
敗戦国ジャパン。
 
 
そんな、辛い時代を、常に広い視野と強い意志で生き抜いた ともみさん。
 
 
空襲で、岡山市内の住んでいた家は焼かれ、命からがら家族と田舎へ疎開した ともみさん。
 
 
食う物もなく、また、疎開先の田舎の子供たちにいじめられて、
 
 
それでも、疎開先で、愛読家の父親が残してくれた日本&世界文学集をはじめとした、様々な本を読み漁り、
 
中学に上がる前から、この地球上には、様々な人種がいる事を感じ、本が彼女にとっての文化人類学、世界への窓口になっていました!
 
 
しかし、世界を見つめる ともみさんと、田舎の子供たちとの 世界観や視野、読書による教養の差は埋まらず、いじめられるばかり。
 
幼いながらに、自分は、周りの子と違うと感じ、
 
疎開先の田舎の公立学校には行きたくない、町の学校に行きたいと、親を説得させます。
 
 
とにかく、いじめっ子がいる村の学校には行きたくないので、どこでもいいから岡山市内の学校に入学したいと、ご両親の苦労のおかげで、ノートルダム清心女子中学へ入学することが出来ました。

たまたま選んだ、岡山市内の中学でしたが、ともみさんの人生を広げる英語の恩師と運命的な出会いを果たします!

アメリカからやって来たシスター・メリー・マーチーナとの出会い。
 
ここで、ともみさんの英語力は、養われていきます。
 
 
戦後の厳しい時代に、生きていくのがやっとだったそうです。
 
姉の自殺、
父のDV、
経済不安、
家族心中未遂、
 
文字にすると、非常にダークで、ネガティブではありますが、
 
この状況でも、生き抜く強さを、語ってくださいました。
 
(ぜひ、詳細は、ラジオで聞いて下さい!)
 
、
 
戦後という時代背景に、負けてしまいそうな、そんな厳しい時代でも、常に、自分自信を持ち、広い視野、日本人離れしたマインドで切り抜けていくライフスタイルは、聞いていて圧巻です。
 
 
ノートルダム清心女子中学から、高校、大学と、エレベーター式に進学していきますが、
 
大学時代に、貧困した家族を救うために、ある決断をします!
 
 
住んでいた家を抵当に取られ、ヤクザが取り立てに押しかけ、泣いて謝る母の姿を見て即決断!
 
まとまったお金を作るために、女子大生であった ともみさん、キャバクラで一時的に働くことにします!
 
そのことが大学側にバレて、清らかな清心女学園の名誉を汚したと、学校側から厳しい警告を受け、心からの謝罪を要求されます。
 
 
そこで、ともみさんがとった行動とは?
 
 
大学側の言い分、ともみさんの対応、これは、かなり聞きごたえがあるので、ぜひラジオで聞いて下さい!
 
 
英語が堪能だった ともみさんは、英語を話して教えるという条件のもと、裕福なスイス人の家に、住み込みメイドとして働くチャンスを得ました。
 
住み込みなので、家賃もいらず、もらった給料も、十分、家族に仕送りすることが出来ました。
 
ともみさんの性分なのでしょうか、英語もきちんと話せたので、雇い主とは、雇われメイドという立場であろうが、常に対等に、雇用主と接していた ともみさんは、
 
雇われている分際で、雇い主の奥様に、人種的、経済的な差別発言を受けても、ピシャリと言い返すことが出来る、違った意味でスーパーメイドでした。
 
 
しかし、ここでも、ともみさんは、メイドとして働くことが、自分の天職ではないとはっきり感じていました。
 
 
当時の日本人女性は、花嫁学校に通い、立派なお嫁さんになるための学校まで存在していたようです。
 
今でいう、花嫁修業の名残でしょうか?
 
釣り書きと言うプロファイルを作って、玉の輿に乗るという、何ともクラシックなスタイル。
 
もちろん、嫁入り前の娘は、処女を保たなければなりません。
 
結婚前に処女を失ったものは傷物扱いです。滝汗
 
 
花嫁学校に通い、処女を通して、玉の輿に乗る!
 
これが、当時のスタイルでした。
 
 
ともみさん、ここでも日本人マインドはズレており、
 
花嫁学校、処女伝説、玉の輿、完全拒否!
 
この理由が素晴らしいです!(ぜひ、ラジオで聞いて下さい!)
 
 
そして、結婚観もまた、大いに一般女性とズレていました。
 
当時付き合っていた、イケメンの御曹司に、プロポーズされていたのに、その玉の輿のチャンスを、自ら断ります。
 
 
処女膜についても、大いに斬っていただきましたので、ぜひ、ラジオで聞いてみてください!
 
 
ともみさんは、メイドとして働くこと、玉の輿に乗って結婚することが自分の使命ではないことを、はっきり感じていました。
 
ですので、メイドとして働きながら、月に2日しかないお休みを使って、やっていたことがあります。
 
それが、世界進出への始まりです!
 
それは・・・。
 
ぜひ、続きはラジオで聞いて下さいね。
 
 
 
これが、将来、海外で活躍する人の違いだと、感じさせます。
 
ここから、ともみさんは、どんどん世界へのチャンスを掴んでいきます。
 
 
今では、生きていくのも、海外進出も、当時に比べれば、本当に簡単に出来るようになりました。
 
それが簡単でないと思うのは、それを受け止める私たちが、それは簡単ではないと決めつけてやらないだけかもしれませんね。
 
 
当時は、1ドル360円という時代です。
 
海外留学なんて、お金持ちか、日本の有名大学出身者のみだけが限定で出来る時代でした。
 
そんな時代に、メイドのともみさん、どうやってアメリカの大学に行くのか、行けるのか?
 
 
では、次回は、そのことについて、語っていただきます。
 
次回も、お楽しみに!
 
 
 
 
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