ビートルズ  ホワイトアルバムを分析

当日朝突然決めた鑑賞。
ビートルズ ホリックの連れのことですから、このお知らせが来て、行かないはずはありません。



LAEMMLE NOHO 7 THEATER
レムリー ノース ハリウッド シアター




連れは頭の中は既に幸せいっぱい。

一体、どんな映画なのか、実はよく分かってなくて。

( ̄▽ ̄;)

そしたら、まさしくこのポスターどおり、
スコット・フリーマンが、スライドを見せながらビートルズの、The white albumに関するドキュメンタリーを、カンファレンスする映画でした。

最初から、最後まで彼が、一人で話しています。
実はこのプレゼンが行われたのは、クイーンマリー号の船の中。

ロンドンから、リバプールまで向かう航路中、話している様子を、撮影してたわけです。

なんと、低予算で効率的。

船内の、オーディエンスから料金徴収した上、人口の、8割を占め、るビートルズホリックなアメリカ人は、沢山の人が足を運ぶでしょうね。。。


アルバム The White Alubum

を作るにあったって、1967年当時、彼らがどのようにして音入れをしていったのか。

フリーマンは、克明に図解を使って説明していきます。

 

彼らは、2台のテープレコーダーを使って、8トラックを作り、それぞれ楽器を別どりしていきます。

 

そのからくりをここまで具体的にあかしていいの?と思いますが、ビートルズマニアにはたまらないのですね。

 

 

The White Albumの楽曲を作っている間、ジョージの希望で、親友だったミア・ファローらも伴って、インドへ。瞑想やヨガの体験。そしてインド音楽と出会います。

 

その中から生まれた オブラデイ・オブラダは。なんとtake107回にも及んでいるんです。

 

音響スタッフは匙を投げてるのに、彼らはやめないんですよ。

 

このアルバムには9回目の録音が収まっていますが、ほかのアルバムにまた別のバージョンが納められました。

 

 

また、日本でももっとも人気のある曲のひとつ、HEY JYUDEは、ポールが、ジョンの息子ジュリアンのために作った歌ですが、

その背景も、二人の貴重な写真とともに紹介されています。

 

幼いジュリアンを抱きしめる、ポール。当時ジョンはオノヨーコとの再婚をはたし、

前妻と息子のジュリアンのもとを離れたのでした。

生まれた時から、ジュリアンを可愛がってきたポールの深い愛情を感じます。


 

映画終了後

幸せが隠せない私の夫とポスターの記念(?)撮影。


 

因みにこれは記事を書いてるときに、寝室をのぞいたら、お昼寝してたカーリー


 

起こしてごめん。まぶしかった?